川沿いの町キュノスの外れ、ぽつんと立った墓の前に少女が独り。
少女はフルートを奏で、フルートは太陽の光を浴び蘇芳に煌いている。
キィや金具部分は紅緋で出来ていて、通常の物とは違った美しさがあった。
奏でる旋律は美しくも哀しく、少女の左腕にはブレスレット型のソーマが揺れていた。
まるで、墓に埋葬された人物に謝罪し続けるかのように。
キュノスの様な田舎に教会は無い。
キュノスに棲むソーマ使いも彼女だけ。
『デスピル病』が発生すれば、自然と彼女は頼られる。
「!!」
少女に向かって1人、若い女が駆けてきた。
第一部 『Run after a heart』
1st Run 『Mysterious arms』
は自分を呼んだ声に気がつき、演奏の手を止めた。
「ウラン、一体どうしたのサ?」
彼女は肩で息をするウランの顔を、心配そうに見ている。
「ゴメンね、あんな事があったばっかりなのに・・・頼れる人が、思いつかなくて・・・」
ウランは申し訳なさそうにと、その側にある墓を交互に見る。
「いいよ・・・こっちこそ、たった1人のソーマ使いだってのにサボりまくってて、申し訳ないよ」
つい最近まで、は兄のデスピル病の看病に付きっ切りで、他の人の病まで手が回っていなかったのだ。
そして看病の甲斐なくその兄も・・・。
墓を見て、ウランの方に振り返りが話を切り出す・・・一体何があったのか、と。
わざわざ自分を頼ってくるくらいなのだ、何となく予想は付くのだが。
「それが、ユークレスが・・・居なくなっちゃったの!」
そう言って、ウランはここ最近のユークレス・・・自身の恋人の様子を彼女に伝えた。
先日起きたシーブル方面での光の爆発以来、『月が落ちてくる』と怯え竦んでいるらしい。
それも、異常なまでに。
もしかしたら、デスピル病なのかも知れない。
彼はにとっても友人、放っておくわけにも・・・。
「一応旅のソーマ使いにもお願い・・・というか勝手に行っちゃったんだけど、心配で・・・」
一通り話を聞き終えたは、場所がラゴス鍾乳洞である事を再確認しウランを帰らせる。
心配するな・・・と。
そしてフルートを家に片付けてくると、は走り出した。
ラゴス鍾乳洞への道を走っていると、数人の声が聞こえてきた。
楽器を扱う所為か、耳には自信がある。
「あなたが天文学者のユークレスさん?オレたちウランさんに頼まれて・・・」
「おい、お前!スピルーンの欠片の事なんか知ってんだろッ!?」
「ひいッ!なんだお前たちは!?な、なぜここがわかった・・・こ、こっちに来るなぁーーーッ!!」
最後の声は聞きなれている、ユークレスだ。
じゃあ先に喋った2人は・・・ウランが言っていた旅のソーマ使いだろうか。
足音がした辺り、ユークレスは鍾乳洞内部へ逃げてしまったのだろう・・・余計な事をしてくれる。
そう思いながら走っていると、人が3人確認できた。
とりあえずは・・・。
「そこのデカいの!何してくれてんのド阿呆ぁ!!」
ユークレスを怒鳴ったと思われる青年を・・・蹴り飛ばした。
そして他には目もくれず、一目散に鍾乳洞の中へユークレスを追いかけていった。
「な、何だったんだ今の子・・・」
「知るか!!ともかく、あいつがコハクのスピルーンに関係してんのは間違いねぇ・・・追うぞ!」
鍾乳洞の内部はあまり複雑で無く、深くも無く、
加えて、にとっては昔からのソーマの修行場・・・あっさりと最深部へと辿り着いた。
彼女はユークレスを見つけ、彼の名前を呼ぶ。
彼は異常なまでに『何か』に怯えていて・・・すぐにデスピル病患者なんだと判断出来た。
「手を焼かせやがって、この野郎!とっとと、コハクのスピルーンを出しやがれ!」
そんな時、不意に足音と怒鳴り声が聞こえた。
が振り返ると、3人・・・内1人は彼女が蹴り飛ばしたソーマ使いが追いついてきていた。
「来るな、来るなぁッ!月が落ちてきたら世界が終わるんだぞ!?」
「ちょっ!ユークレス、落ち着いてよ・・・って無理か・・・」
彼女は先程から怯え叫ぶユークレスを宥めようとしたが、デスピル病が何かを知っている所為か簡単に諦めた。
デスピル病を治すには、彼のスピリアにリンクして『奴ら』を倒すしかない。
そんな中、先のソーマ使いがユークレスを説得しようとしてた。
彼らの会話を聞いてみると、先夜光の爆発を見ていたユークレスの中に『何か』が入っていったらしいのだ。
それ以来、月がおとぎ話の如く落ちてくるのではないか・・・。
自分でもよくわからないが、そんな気がして、恋人であるウランを失いたくなくて。
ひたすら恐怖に襲われるようになってしまったらしいのだ。
「くうッ、動けよ、僕の足!僕のウランへの想いはこの程度なのか、バカヤロウッ!!」
こんな卑怯で醜いスピリアなど消えてしまえ・・・ユークレスは膝をついた。
彼を助けたい、がスピルリンクをしようとした時だった。
「で・・・コハクにしたように、こいつのスピリアも壊すのか?」
その一言に背筋が凍り、ソーマ使い達の方へ振り返る。
「い、今何て・・・何て言った・・・!?」
自分でも解る程、声が震えている。
スピリアはすべての感情を生み出す源、それを壊してしまったら・・・!
「ユークレスのスピリアを壊すだって・・・?」
声のトーンはどんどん下がり、無意識の内に彼を庇う様に立っていた。
先程からおかしいとは思っていた、彼らが連れている少女が全く喋らないのだ。
それどころか表情・・・眉一つ動かさない、まるで人形の様に。
だがそれも、スピリアが壊れているというのなら納得出来る。
こいつら、ソーマで人のスピリアを壊してる・・・!?
「どけよ・・・俺らはそいつのスピリアに用があるんだよ」
青年はダブルボウガン型のソーマを展開させ、へ向ける。
それでも彼女は引かず、ただ2人を睨み続ける。
「ま、待ってくれ!」
その緊迫した状況の中、少年が叫んだ。
「確かにオレがまだまだな所為でコハクのスピルーンをバラバラにしちゃった・・・けど!」
それでも彼は言った、ユークレスを助けたいんだと。
少年の瞳は嘘みたいに真っ直ぐで、とても嘘をついているようには思えなかった。
「それに、ウランさんに君の・・・さんの事、聞いたんだ」
とても強いソーマ使いで、何人ものデスピル病を治した信頼できる人なんだ・・・と。
「・・・ウランの奴・・・わかったヨ」
の表情が和らいだ、同時に青年もソーマを降ろす。
「オレはシング、シング=メテオライト、こっちが・・・」
「・・・ヒスイ=ハーツ、それと妹のコハクだ」
信用しても・・・いいのだろうか?
それでもやるしかない。
互いにそう思いながらも、3人はユークレスへスピルリンクを開始した。