「ここにも、スピリアを喰う魔物・・・ゼロムがいるかも?」
スピルメイズにリンクしてすぐ、シングがちょっとした不安を口にした。
だが、ヒスイはそれを一蹴する・・・お伽話を信じる歳か、と。
「気を付けて、人の恐怖が形になった『影魔物』もここにはいるから」
少し後ろに居たが、2人に向けて忠告する。
さらに、『スピルリンクしている自分達にとっては本物と変わらない魔物』なんだ、とシングが付け加える。
「へっ、マニュアル読んだだけの初心者が偉そうな口きくんじゃねえよ!」
ソーマがあれば実際の魔物も楽勝だ、とヒスイは言う。
それからしばらく、は黙りこんだままになった。
突然影魔物が彼女らの前に出現したのだが、嫌な唸り声と共に現れた『何か』に、影魔物は喰われてしまった。
シングが叫ぶ、こいつがスピリアを食うゼロムだ!と。
恐怖を喰ってくれるなら、案外役に立つのではとヒスイは言うが・・・若干、狙いが定まっていなかった。
襲い来るゼロムを迎撃するシングの動きも、どこかいまいち。
まさか。
「ゼロムが感情を区別するものか・・・襲え、闇念!」
の声で闇念が集まり、思念術・シャドウエッジが発動する。
その1撃でゼロムはあっけなく塵と化した。
「まさか、両方威勢だけの初心者だなんて・・・置いてきた方良かったかな?」
彼女の声は冷たい。
2人が反論しようとの方を振り向くも、反論出来なかった。
何せ、彼女はソーマを武器展開すらさせていなかったのだから。
「ゼロムを空想の産物として考えて、ソーマを武器としか考えない・・・そんなのがソーマ使いを名乗るなんてね」
「てめっ・・・偉そーに・・・ッ!!」
ヒスイはに掴み掛かるも、彼女の態度は依然変わらない。
「悔しいなら、震えたその照準をどうにかしなさいな・・・弱い訳じゃないんでしょ?」
そう言うと、は彼の手を振り解いて先に行ってしまった・・・思念術でゼロムを粉砕しながら。
少し進んだスピルメイズの最深部で、達は紫色の結晶を発見した。
2人の話によると、どうもこれがコハクの飛び散ったスピルーンの一部らしい。
だが、そのスピルーンに近づいた時だった。
「危ないっ!ヒスイっ!!」
スピルーンの一番近くに居たヒスイ目掛け、巨大なゼロムが襲来したのだ。
何とか間一髪で避けられたが、スピルーンだけ回収してリンクアウトと言うわけには行かない。
それぞれがソーマを構える・・・武器展開したのソーマは。
「さん、そのソーマ・・・!?」
「ってか、腕・・・!」
彼女のソーマは強化型、装備した左腕を武器として扱えるよう硬化・巨大化させる物。
普段の彼女の華奢な腕からは想像出来ないほど、長く太く、荒々しく。
「いいから!ボーっとしてると、本気出さないと死ぬよ!」
は2人に渇を入れる様に叫び、巨大ゼロム・フィアーリリィへと突っ込んでいく。
そのソーマの大きさからは考えられないほど、俊敏な動作で。
「絶氷刃ッ!」
振り下ろされた腕は、冷気と氷塊を纏いフィアーリリィを引き裂く。
それでも倒れる気配は見せず、は一旦引き下がる。
シング、ヒスイも負けずと挑むものの、ゼロムは未だしぶとく動き続ける。
「こいつ強い・・・けど!」
「コハクが待ってるからな・・・負けられるかッ!」
2人の息の合った攻撃に、ようやくゼロムも怯み始めた。
仲悪そうと思ったけど・・・何だかんだ言って原動力は同じ所か。
がそう思った矢先、フィアーリリィの反応が変わった。
「相当ヤバそうな気がする・・・まさか・・・」
とっさにシングをどつき飛ばし、さらに反対方向へヒスイを蹴り飛ばす。
そしてゼロムの攻撃は、彼女のノーガードな右腕を切り裂いた。
後方へと大きく吹っ飛ばされ、さらに熱毒も喰らってしまい思うように動けない。
「月白の輝念、確かな想いを!」
名を呼びながら向かってくる2人を止め、弧法陣を展開させる。
出現したのは強化型の弧法陣マインド・ガイスト、一時的に輝念の力で思念術の威力を上げる物だが・・・目的はそこじゃない。
彼女は気付いていたのだ、光属性ソーマ・アステリアの・・・シングのソーマの攻撃がよく効いている事に。
弧法陣は一定時間、ソーマに陣が持っている属性を与える効果がある・・・マインド・ガイストの属性は。
「奴の弱点は光、ぶっ飛ばしちまいな!!」
2人の攻撃は綺麗に決まり、フィアーリリィは完全に消え去った。
は何とか立ち上がり、2人に近づく・・・また喧嘩しているようだ。
どうもゼロムがスピルーンに引き寄せられている、と言うシングの言葉を、
ヒスイがコハクの所為だと思ったらしい。
「人のスピリアで喧嘩しない!そのスピルーン、あの子のなんだろ・・・だったらさっさと戻してあげよ・・・!」
彼女は2人を仲裁しようとしてその場に崩れてしまう、先の熱毒がまだ残っていたのだ。
「さん!だ、大丈夫!?やっぱり、さっきオレ達を庇ったのが・・・」
シングが心配そうに彼女の方を見る、だがそんな彼を「どけ」と言わんばかりにヒスイが足蹴にしてしまった。
そして無言で彼女に治癒術をかけた。
「・・・1人で無茶しすぎだっつの!そりゃまぁ・・・助かったけどよ」
「あ・・・っはは、ゴメン、もう少し頼れば良かったね・・・意外と2人共強いからさ、前言半分撤回かな?」
半分というのに2人共不満そうではあったが、スピルーンも無事に回収できた。
3人はソーマを格納し、ユークレスのスピルメイズからリンクアウトを行った。
リンクアウトした先で、ユークレスはまだ恐怖に怯えていた。
かと言って、デスピル病の治療に失敗した訳ではない。
彼は自分の勇気と意気地の無さに・・・ウランの為に恐怖に打ち勝つことが出来なかった、自身の弱いスピリアに怯えていた。
「けど、サ・・・いっぺんウランに会ってみたら?多分、大丈夫だからサ」
は彼を落ち着かせようと声をかけた。
デスピル病から快復した者は、大抵恐怖や後悔の念に捕らわれている。
そこから立ち直る手助けをするのもまた、デスピル病を治し続けた彼女の役目でもあった。
その後ろでは、回収したスピルーンが持ち主に・・・コハクのスピリアへと戻っていった。
それがどんな結果になるかも考えず、に。
「い・・・や・・・やぁぁッ!怖い、怖いよッ!!暗いの嫌ぁッ!狭いの怖いのッ!ここから出してーーーッッ!!!」
スピルーンを戻した途端、今まで人形の様だったコハクは、過剰なまでに怯えだした。
「コ、コハク・・・?」
「暗いって・・・突然どうしたんだよ?さっきまでは全然平気だったじゃねえか!?」
訳がわからず、シングもヒスイもうろたえるだけ。
「多分、僕が味わっていたのと同じ感情に襲われているんだ・・・無限に湧き上がる『恐怖』に」
ユークレスのスピリアから取り戻し、空っぽのスピリアに戻っていったのは『恐怖』。
恐怖を制御する感情も無い彼女は、ただ泣き叫ぶだけ。
「こんの・・やっぱド阿呆!ってかド馬鹿!大馬鹿!恐怖はスピリアにとってかなりの負担になるのに・・・それだけ戻すなんて!!」
は、2人の焦り過ぎた行動に腹が立った。
強すぎる恐怖は、その内完全にスピリアを狂わせてしまうかも知れない・・・彼女はそれをよく知っているから。
このままラゴス鍾乳洞に居ても、何も解決しない。
とにかく、今は一旦キュノスへ戻ることにした・・・。