キュノスに戻ってきた一行は、ウランがユークレスの自宅前に居るのに気がついた。
こちらに気がついた彼女が走ってくるものの、ユークレスはウランを突き放すように背を向けてしまう。
「来ないでくれ、ウラン!僕は、君よりも自分の命が惜しい卑怯者なんだ・・・君を愛する資格なんてない!」
ユークレスの声はどこか震えていた、本当はウランが好きで仕方ないはずなのに。
シングがそれを弁解しようと叫ぶ、彼は歩けなくなるほど必死にウランを救おうとしたのだと。
それを聞いたウランはついに・・・泣き出してしまった。
自分より命が大事でもいい、自分より星が好きでもいい、弱虫だけど優しいユークレスが大好きなんだ・・・と。
「・・・お帰りなさい、ユークレス」
その言葉で、ようやく彼も自分のスピリアに正直になれたようだった。
「・・・ただいま、ウラン・・・僕は、君のその想いに応えられる男になってみせるよ」
「全く、お騒がせ馬鹿ップルだこと・・・」
少し離れたところで、は呆れたように・・・されど微笑ましそうに2人を見ていた。
しかし、問題はまだ解決した訳ではない。
「そっちはまとまったようだが、こっちはコハクをなんとか落ち着かせねぇと・・・」
そう、ラゴス鍾乳洞からここまでずっと、彼女が事あるごとに怖いと泣き叫んでいるのだ。
それも、シングが近づく度にだから手が付けられない。
本人がその事実に気付いていないのだから。
「お前は離れろ!今のコハクは恐怖を抑えられねえんだ!そんなコハクが一番怖ぇのは、スピリアを壊したてめえに決まってんだろ!!」
コハクの前に立ったヒスイの怒号が飛ぶ。
スピリアを壊したのは誰か、それを考えたくないからこそ・・・シングは無意識にコハクに近づいているのだろうか。
だが、改めて言われると・・・黙るしかない。
その時、コハクの体から南に向けた光が伸びた。
コハクも何なのかわからないらしく、止めてくれとまた泣いている。
キュノスから南には交易の街『ヘンゼラ』がある、商売の盛んな大きな街だ。
3人はそこを目指すべく、踵を返した・・・が。
「待って」
そこでが3人を呼び止めた。
「あたしも一緒に行く、初心者ソーマ使いを2人も野放しにしたら・・・何するかわかんないからネ?」
何を言っているんだと言わんばかりに、シングもヒスイも驚き絶句した。
「今、その子のスピルーンの影響でユークレスみたいな人が増えてるんでしょ・・・だったら」
助けたい、ソーマ使いとして。
きっと自分にも、出来ることだから・・・!!
「け、けど・・・」
シングが困ったように全員の顔を見る。
途端、ウランのユークレスの2人が笑い出した。
「こうなったらはもう止められない・・・わね」
「初めてデスピル病の治療に当たった時もそうだったよな、『自分しかソーマ持ってないだろ!』って言い出したら聞かなくて」
「で、その後『怖かった、ゼロムマジ怖かった・・・』って涙目になってたわね」
2人の突然の暴露話に、は顔を真っ赤にして抗議している。
そして、は改めて3人へ向き直る。
「って訳で、あたしは=フォルステラ、所持ソーマは風・水・闇を宿した『コーキュートス』・・・よろしくネ?」
彼女は軽く左手を上げて3人に自己紹介を、そして2人にしばらくの別れを告げた。
「うん、よろしく!!」
「・・・勝手にしろ」
ウランもユークレスも、笑顔で友の旅立ちを見送っていた。
は3人に、準備があると言って先に行かせ、家に戻っていた。
特に必要なものは無いのだが、どうしても・・・必要なものはあったのだ。
「・・・あったあった『フレジェトンタ』、大事な物だけど・・・おいけてないな」
彼女が取りに戻ったのは、蘇芳色のフルートだった。
ソーマ同様、いつから持っているのかわからない、気付いた時には持っていた。
拾われっ子の自分の、もしかしたら本当の両親の手がかりかも知れない。
彼女はフルートケースを持ち、家を出て行った。
交易の街『ヘンゼラ』までの道はほぼ一本道。
3人に追いつく為に走っていると、そう遠くない所から声が聞こえてきた。
さらに、聞きなれない声が1人分と・・・大量の魔物の唸り。
「奴らまさか・・・『魔物の狩場』で何やってんだか!」
だが、次の言葉を聞いて、彼女は止まった。
聞きなれぬ声は『バレイア教結晶騎士団』の者だと、確かに言ったのだ。
教会のお上がこんなとこで一体何を!?
彼らの会話を聞きながら、は様子を伺う事にした。
どうやら騎士はコハクがデスピル病なのだと勘違いしているらしい。
「・・・ふたりもソーマ使いがいながら、少女ひとり救えぬとは・・・その未熟さ、同情するぞ」
だが、その口調は2人を見下しているような・・・そうとしか捉えられなかった。
ヒスイの大声に釣られた魔物を両断すると、騎士はデスピル病の原因を突き止めてみせると言った。
「あなたのスピリアに多くの光と絆があらんことを・・・」
コハクに跪き、騎士は言う・・・『声』ではなく、『血』に釣られた魔物が居ることにも気付かずに。
あれだけ偉そうな事言っておきながら・・・!
は飛び出した。
「紺瑠璃の海念、我らを護れ!」
同時、シング達の足元に弧法陣『ガード・ヴァッサー』が展開する。
ある程度の物理攻撃になら耐えられる、防御型の弧法陣だ。
「結晶騎士サマも結局は餓鬼か・・・女の子口説くのに夢中になって、魔物が声より血に反応する事忘れてるんだもノ」
の声は敵意に満ちていた、彼を毛嫌いするかの様に。
その結晶騎士もようやく魔物に囲まれているのに気付いたようで、弧法陣から出せとに命令する。
「やだね、アンタが事故ったらお上にあたしが指名手配されちゃいそうだし」
嫌味が如くそう言うと、周囲の魔物を無視して思念術の詠唱を開始した。
彼女の頬や肩、背中に切り傷が刻まれていく。
だが、それは魔物が付けた傷では無い・・・魔物ですら、彼女に怯え近付けないでいるのだから。
「我が鮮血を餌に吼えろ、嫉妬の虚念」
最後の一文を終えた瞬間、耳を劈く絶叫と、どす黒い血に染まった龍が辺りを走る。
思念術・ブラッディハウリングが発動し、全ての魔物を引き裂いていった。
「あっちゃー・・・やっぱダメだったか・・・まだ制御出来てないのか、虚念も嵐念も」
術が終了して、どこか自嘲気味にが呟いた。
弧法陣が消滅し、騎士が彼女の前に立つ。
「貴様、今・・・」
「黙れよ、あたしは騎士も軍人も嫌いなんだ・・・さっさとどっか行っちゃえよ」
彼女の敵意は結局治まらず、騎士はキュノス方面へと歩いていった。
横でシングが、騎士とのソーマの扱いに素直に感動している。
コハクは先のが怖かったのか、ヒスイの後ろに隠れてしまっていた。
「さ、ヘンゼラまでそんな距離は無いんだ・・・急ごう!」
そしては、何事も無かったかのような声色に戻り、先に行ってしまった。
彼女の傷の状況を見て、ヒスイが治癒術を使おうと慌てて追いかける。
「・・・何であんなに騎士を嫌ってるんだろう・・・?」