異変
『魔物の狩場』を抜けて少し、達はヘンゼラへと辿り着いた。
街の規模はかなり大きく、キュノスの比では無い。
そんな光景を初めて見たのだろうか、世間知らずな男2人が騒いでいる。
片や感激し、片や焦り半分に。
何回か仕事で来たことのあるは、2人の反応に呆れていた。
シングに何度か来たことあるの、と聞かれ軽く返す。
今まで細工職人として生計を立てていたので、その仕事を仲介してもらう為に・・・と。
「それにヘンゼラで祭りでもあったら・・・もっと騒がしいと思うけどネ」
「いいや、街は今日もお祭り・・・無知な子羊を狙う飢えた狼たちの、ね・・・」
突然、後ろから声がして振り返る。
立っていたのは、大きな帽子を被った小柄な少女。
少女は4人を気にすることもなく通り過ぎ、ヘンゼラへと入っていった。
達が呆気に取られていると、人の多さにコハクが怯えていた。
「人・・・たくさん・・・」
この前の様に泣き叫ばれては、また大変な事になる。
とりあえず、一行は宿を取って落ち着く事にした。
「あの帽子・・・ソーマ・・・?」
2nd Run 『Doubt』
「あの、4人泊まれますか?」
宿に入りシングが声をかけたのだが、カウンター内の主人の反応が無い。
もう一度声をかけてようやく反応してもらえたのだが、どうも愛想が悪い。
本当に客なのかと疑ってくるのだ。
常連の行商人とは違い、素性のわからぬ者は宿代を踏み倒すかも知れない。
なので一見の客は宿代と別に、『信用料』を頂くと言うのだ。
「素性がわかんないって・・・おやっさん、あたしは・・・」
「わかってる、だが・・・な」
そう言って、宿の主人は以外の3人を疑念の目で見ている。
何かがおかしい、どうしちゃったんだろうか?
宿代は信用料含め300ガルド・・・『前払い』で。
確か元値は150ガルドだったはずじゃ、それに何かが矛盾している・・・?
高いと愚痴をこぼすシングに呆れながら、が声をかけようとした。
「ちょっと待て!前払いなら、信用料の意味ねぇじゃねーか!?」
だがそれより先に、ヒスイがこの矛盾に声を上げた。
宿代をぼったくろうとしていたのだろうか!?
主人は舌打ちの後、文句があるなら泊まらなくても良いと言ってきたのだ。
「アンタ、お客さんに対してなんて事言うんだい!それでも商売人かい!?」
その時ちょうど、不在だった宿の女将が帰ってきた。
主人は「商売人だから疑うんだ」と言い、そっぽを向いてしまった。
「ごめんよ・・・ウチの亭主、ここんとこ妙に疑り深くなっちゃってね」
女将は4人に頭を下げる、昔は腹が立つほどのお人良しだったのに・・・と。
「せっかくちゃんが来たって言うのに・・・本当、何があったのやら・・・」
そう言って、女将はへまた謝った。
気にするなと彼女は首を振る。
態度の急変した宿の主人、それに対してコハクは何も感じない。
何となくだが街の雰囲気もおかしい・・・。
まだ何か、何かがある・・・はそう思った。
翌日、は用事を済ませる為に1人で街へ出ていた。
用事があるのは街一番の大きな屋敷『チェン商館』。
「けど・・・チェンと話すと疲れるんだよな・・・どっかにエカイユでも歩いてりゃそれで終わるのにナ・・・」
彼女が愚痴をこぼしながら歩いていると、ふと、少女が絵を描いているのが目に留まった。
大きな帽子が特徴的で、昨日すれ違った事を思い出した。
がキャンバスの側を通りかかった時、ちらっと描いていた絵が目に入る。
同時、少女は「見るな!」と大声を出した。
「・・・あんた、ボクの絵を盗作して帝国芸術院コンクールに応募するつもりなんでしょ?」
を見る目は鋭く、相当の疑念が込められている。
この目・・・そういや宿の主人も似たような目で自分達を見ていたような・・・?
彼女が考え込んでいる間に、少女は話を勝手に進めてしまう。
「し『ばら』っくれてもお見と〜しなんだよっ・・・さっさとあっちに行っちゃえよ!」
「それ・・・し『らば』っくれ、じゃなくて?」
が冷めたツッコミを入れると、少女は恥ずかしそうに顔を赤らめ反論する。
「だ、騙されないぞ!芸術泥棒がおこ『まが』しいよっ!あっちへ行けぇっ!!」
それを言うならおこ『がま』しいでは・・・。
ただ、それを言ってしまうとさらにややこしくなってしまう気がする。
彼女は少し少女の事を気にしながらも、その場を立ち去る事にした。
が広場を出て少し行ったところで、1人の女性と鉢合わせた。
美しい金髪に、赤い眼鏡をかけた理知的な女性だ。
「あ、エカイユ!ちょーどいいところで見っけた!」
「さんではありませんか、貴女が納品された装飾品・・・中々好評ですよ?」
繊細で美しい風合が主に、エストレーガやシャルロウで人気だと。
自分は作りたい物をただ作っただけだ、とは言うものの、どこか嬉しそうに笑っていた。
「それで、わざわざ私を呼び止めたのです・・・世間話がしたい訳ではないのでしょう?」
エカイユは眼鏡を直し、彼女の方へ向き直る。
は頷くと、しばらく旅に出るから仕事はまわさないでくれ・・・とだけ言った。
さらに彼女へ、逆に聞き返す・・・この先に用があるなんて珍しいじゃないか、と。
「・・・広場のほうでちょっとありまして」
「目的、それだけじゃない気がするヨ・・・ソーマ使いの情報、もう入ってるんだろ?」
「流石さんですね、そう、貴女の仲間の事で・・・ご同行よろしいでしょうか」
は軽く片手を上げて、エカイユの後に続き広場へと戻った。
どうも最近街の商売が荒れているらしく、詐欺などが横行しているという。
2人が広場に戻ると、ちょうどシングとヒスイがその詐欺に引っかかる直前であった。
1人目のインチキを、2人目が暴いて信用させ、同じ粗悪品を高値で売るという古い手口で。
「チェン大人からのお達しです・・・『わきまえろ』と」
エカイユが悪徳商人へそれだけ告げると、商人はあっさりと撤退して行った。
それだけ、チェンの影響力が強力なのだ。
「お姉さんは、街の情報に詳しいの?」
頃合を見てシングは、エカイユへと声をかける。
「詳しいのは我が主、チェンです」
大人は、街の全てを知っている。
例えば今、ソーマ使いの若者達が何を探しているか・・・という事まで。
「是非チェン商館をお尋ねください、ソーマ使いの方々となら、きっと良い取引ができるでしょう」
それだけ言うと、に軽く会釈をしてエカイユは商館の方へと戻っていった。
「・・・これも2人目のインチキを暴いて3人目を信用させる手口?」
シングは戻ってきたの方を見る。
奴らはそんな回りくどい事しないさ、とは返すものの・・・もどこか信用しきれなかった。
いつも世話になっていた、というのに。
「あ〜〜〜、この街はなんだッ!誰も信用できねえよ!!」
我慢の限界だろうか、遂にヒスイが吼えた。
だが、今の自分達にスピルーンの情報は無い。
「とりあえずは大丈夫だと思う、よ・・・とりあえずは」
4人は仕方なく、チェン商館へ向かった。