ソーマ少女、襲来
「こ、これが店!?まるでお城じゃないか!?」
シングは商館の大きさに、相当驚愕していた。
隣に居たヒスイも驚いたのだろうか、若干声が上擦っている。
無理も無い・・・チェン商館程の大きさの建物など、帝都でも行かない限り滅多に見られないだろう。
だが、何度も来た事のあるは、少し呆れていた。
「そこまで驚くモノなのかなぁ・・・こいつら大丈夫なのかなぁ・・・」
むしろ、シング達の世間知らずっぷりが心配にもなってきていた。
「お待ちしていました、チェン大人は奥の執務室におります」
商館の前で騒いでいると、エカイユが出てきて4人を誘導した。
は、気合を入れろと騒ぐ2人をもう、気にしないことにした・・・。
執務室では、丁度チェンが執務を全て終えたようだ。
エカイユに書類を渡し、納期と女との約束は守るのが自分だと豪語している。
そしてシング達に目を向け、デスピル病の情報を商品に商談を始めようと言い出したのだ。
「商談・・・?オレ達はただ聞きたい事があるだけなんだけど・・・」
うろたえるシングの反応も予想通りといった所だろうか、大きく笑っている。
自分がただで何かをするのは相手が美女の時だけ、男とはギブ&テイクの取り引きしかしないと。
「アンタに善意ってのは無いらしいな・・・悪かったね、美女でも何でもなくて」
は、ふてくされた様に腕を組んでそっぽを向いた。
彼女の言葉に、さらにシングがうろたえ始める。
「お前だけとならタダでもいいんだがな・・・今回は小僧共の取り引きだ、まぁ仕方ねーって事にしてくれや」
チェンは大して悪びれた様子も無く、に話す。
正面に向き直った彼女の機嫌は、いまいち直っていない様だった。
「か、金ならねぇぞ!?」
取り引きと聞いて、焦り始めたヒスイが割って入る。
やっぱりその反応も予想していたのだろう、チェンはそれを大笑いで一蹴する・・・子供の財布に興味は無いと。
「おめえらには護衛を頼みてぇのよ」
彼が達に頼もうとしていたのは、彼自身の護衛。
どうやらはねっ返りのソーマ使いに命を狙われているらしく、
そのソーマ使いをどうにか出来れば、世界中の情報を提供するというのだ。
「ソーマ使いが人の命を狙うだって!?」
シングはその事実が信じられなくて、つい声に出してしまう。
チェンが何かを言おうとした矢先、ずっと黙っていたコハクが何かに気付き、ヒスイの後ろへ逃げた。
「あ、あなたはッ・・・!?お逃げください、大人!!」
そこから間髪入れず、エカイユの叫び声が響く。
彼女が止められなかった侵入者は、執務室の扉を勢い良く開け飛び込んだ。
大きな帽子と筆のソーマ、小柄な体に大きな瞳の少女・・・には見覚えがあった。
さっき広場で絵を描いていたコだ、ちょっと人間不信ぽいコ。
「おお!?ベリル、てめえ!直接殴りこみにきやがったかッ!」
チェンは立ち上がる、ベリルと呼ばれたソーマ使いは威嚇しているのだろうか、筆を振り回す。
彼を悪党と呼び、ソーマ使いを護衛になんかさせないと叫ぶ。
シングは、ソーマを人に向けている事がショックらしい、彼女を止めようとする。
その時が、ベリルが思念術の発動待機状態にある事に気が付いた。
「このままだと変なトコに被害が出そうだな・・・濡羽の虚念、折れぬスピリアを!」
の詠唱が終わり、彼女達とベリルとの間に防御型弧法陣『レジスト・ヴィレ』が発動する。
同時にベリルが思念術『グレイブ』を発動するが、岩石の槍は弧法陣に遮られた。
弧法陣なら嵐念も虚念も制御出来る・・・は少しホっとした。
「邪魔しないでよ!あんたらもチェンにソーマをだまし取られるトコだったんだよ!?」
ベリルの突然の言葉に、その場に居た全員が動きを止めた。
それを知ってか知らずか、彼女は話し始める。
自分もチェンに荷物の護衛の仕事をもらった事、しかし盗賊に襲われて荷を奪われた事。
契約書に『損害を出した場合はソーマで弁償する』とある、と言われた事。
「こいつは最初からソーマを巻き上げるのが目的で、ボクに難しい仕事をやらせたんだよっ!」
ベリルは筆の先をチェンに向けた、だが当の彼は「難しいって、それが護衛中に居眠りしたマヌケの言う事か?」とあっさり返す。
さらに、ソーマを持ったまま逃亡した彼女こそ、契約破りのお尋ね者だとも言う。
それもまた真実だったのだろうか、ベリルの感情が一気に爆発した。
「おい、この反応まさか・・・!」
ヒスイが言うが先か、彼女からスピルーンの反応があった・・・真っ黒な光として。
「うう・・・そうさ!おかげでボクは哀れな犯罪者・・・これで宮廷画家への夢もメチャクチャだよっ!」
絶対許さない、盗賊の襲撃も手下を使った自作自演なんだとベリルは喚き続ける。
チェンがそんな面倒な真似はしないと言うが、彼女は嘘だ、嘘だとそればかり。
ベリルが一際大きく叫んだ際、遂にコハクにもスピルーン反応が現れた・・・こちらもやはり真っ黒な光。
それがまた恐怖を呼んだのだろうか、今度はコハクまで泣き始める。
「こいつがスピルーンの持ち主だ!抑えるぞ!!」
ヒスイの声に合わせ、シングともベリルへ接近していく。
だが、彼女は達をもチェンと共犯なんだと言い張り、思念術でその姿、行方をを晦ました。
ベリルが逃走してすぐ、エカイユがチェンの無事を心配してかけつけた。
チェンは彼女へ目で返事をすると、何事も無かったかのように契約の話を持ち出した。
シングは少し考えた後、一つだけ教えてくれと彼に言う・・・本当に、ベリルのソーマが目的だったのかと。
だが、返事は彼でなく・・・彼のスピリアが返事をした、黒い光という答えで。
そして彼は言う、自分は人を信用しない主義、失敗しても損をしないように計算しただけと。
「コハク、ヒスイ、・・・ごめん」
オレはこの人を信用できない、そう言いかけた時。
「・・・初めて意見があったな」
ヒスイは彼に、そう告げた。
も同意見らしく、シングに笑いかけた。
「チェン・・・悪いけど、あたしらは勝手にあのコを追う・・・商談は破談ということで」
「この街の奴らの疑り深さ・・・これもコハクのスピルーンのせいなのか?」
ベリルを探す傍ら、2人に質問するかの様にヒスイが話す。
そうなると、ベリルの中にあるのは『疑惑』のスピルーンと言う事になる。
「町中に影響する程・・・か、スピルーンが強力すぎてゼロムを引き寄せまくってる・・・てコト?」
スピリアを喰い潰す魔物、ゼロム。
奴らは人のスピリアを餌とする・・・通常より想いの強いスピリアは、正に格好の獲物。
信じたくは無い・・・だが、コハクのスピルーンは他の物より強力すぎるのだ。
それこそ、町一つデスピル病に感染させてしまう程。
の話を聞いたシングは、コハクの事が心配で仕方無いらしい。
だが、コハクは彼と目が合うと途端、ヒスイの後ろに隠れてしまう。
シングは俯き、視線を逸らした。
「コハクの中にも、こんな感情があったって言うの?」