一難去ってまた一難
宿に帰ると、スピルーンの影響も無くなったのだろう。
主人の態度も一変、『若い女性の宿泊代を半額にしたら評判になるんじゃないか』と冗談を言っていた。
カウンター前に居た女性客は、彼の態度の変わり様を気味悪がりながらも『半額』に飛びついている。
彼の冗談を叱ろうとした女将が、丁度戻ってきた達に気が付いた。
シングとコハクの腹が思いっきり鳴ったのを聞いて、すぐにご飯を作ると微笑んだ。
どうやら疑惑のスピルーンの影響は、完全に消滅したようだった。
今回のスピルーンを素直にコハクへ戻すか否か、3人は悩んでいた。
疑惑のスピルーンの影響力は、3人が一番知っている。
周囲どころか街一つをデスピル病に侵すほどの影響力・・・そんな危険な物をコハクへ戻していいのか。
シングはそれは元々コハクのものなんだ、とも言う。
「・・・いいのか?これを戻したらてめぇなんか、どんだけ疑われるかわからねぇぞ?」
だが、ヒスイのその言葉で完全に閉口した・・・コハクに恐怖の対象にされたことがよほど堪えたらしい。
「確かに、疑惑を制御できる別のスピルーンを発見してからのほうが良いと思う・・・部外者の意見かも知れないけどサ」
コハク自身も、疑惑のスピルーンに恐怖を感じている・・・そう思ったが口を挟んだ。
「好き好んで付いて来た変わり者が言う台詞か?部外者とか、よ」
流石に、これ以上の話は彼女の前ではするべきでは無い。
ヒスイは女将にコハクを頼み、先に部屋へ戻った。
追いかけようとするシングにしっかり、顔の文字を落とせと言った後に。
街レベルで他人のスピリアに影響するスピルーン・・・それってデスピル病の原因じゃないの!?
・・・ふふん、手柄を上げる超チャ〜ンス!!
「お客さん!大変だ!!」
話し始めてからしばらくした頃だろうか、宿の主人が血相を変えて部屋へ飛び込んできた。
は慌てる主人を落ち着かせ、1枚のメモをもらった。
そこには人形のような娘・・・コハクを誘拐したこと、返して欲しければスピルーンを持ってグリム山まで来いと書いてあった。
「『くれぐれも抵抗などしないようご注意を、人形を壊すのは簡単だぞ。かしこ』・・・やられた、聞かれてた!」
怒りのやり場も無く、はメモをぐしゃぐしゃに握り潰す。
シングはコハクが攫われた事実にショックを受け、ヒスイは怒りに任せて宿の壁を殴る。
咄嗟の事で何も出来なかった・・・女将はひたすらに謝っている。
ヒスイは飛び出したシングを引き止める、3人共グリム山の位置がわからないのだ。
今すぐにでも助けに行きたい、だが・・・!!
「グリム山は、この街の北西にある岩山だよ。ボクはスケッチしに登った事があるんだ」
と、突然入り口のほうから声が聞こえてきた。
少しクセのある少女の声・・・ベリルだった。
取り込み中?と尋ねる彼女に、山の場所を知っているならとは事情を説明した。
すると咄嗟に、犯人はわかっているのかと訊く。
女将は宿帳から、先の女性の名前と職業を読み上げる。
『ペリドット=ハミルトン バレイア教結晶騎士』
瞬間、の表情が一気に変わった。
「また教会・・・また国・・・権力盾にやりたい放題じゃないのサ!!」
イラつきが止まらず、自分でも情けないと思いつつも当り散らす。
突然の大声に一瞬びっくりしたが、ベリルはそんな彼女を落ち着かせようとした。
一番辛いのはコハクなんだ、と。
けれど、何故教会がコハクを誘拐などしたのだろうか。
現時点ではその理由はわからない、だが結晶騎士という事は・・・。
「ああ・・・あのカルセドニーって奴と、同じレベルのソーマ使いかも知れねぇって事だ」
中途半端は許されない。
「・・・わかった、ボクも行くよ!」
それを聞いたベリルが、3人へ意思を告げる。
だが。
「でも、やるしかないよね?」
「ったりめぇだ!コハクもスピルーンも渡せるか!!」
「コハクを返してもらってからボコるか、ボコってから返してもらうか・・・どっちにしろボコらせろッ!」
3人で盛り上がり、彼女の声が届いていない。
スルーされた事に腹が立ち、ベリルは若干ヤケになってしまった。
「聞けよぉ〜っ!僕も一緒に戦うって言ってんの!!」
・・・ど、ど〜せ、ボクなんかがあんたらを助けようなんておこ『まが』しいんだろうけどさ、彼女はそっぽを向いて言う。
拗ねてしまったのだろうか、頬が膨らんでいる。
特に謝るでもなく、は毎度の言い間違いと膨らんだ頬に思わず笑ってしまった。
シングも、ベリルがグリム山まで案内してくれるんだろうと言い切る。
「嫌だって言っても、な!関係無いフリすんのはおこ『がま』しいぞ!」
ヒスイの言葉で言い間違いに気付き、膨らんだ頬が赤くなる。
「ふ、ふん!ボクを便利に使おうなんて、あんたらこそおこ『がま』しいよ!」
4人は宿の主人と女将に『大丈夫』と頷き、グリム山へとベリルを先頭に走り出した。
ふざけた文面の奴に負けてられないな、と。