エンベリア公国
明らかな戦意を向けるウンディーネたち、
混乱にまぎれて暗躍する山賊団、そして紅の魔龍旗・・・帝国軍の姿。
この争いと女王エメローネの真意を確かめる為、
王国軍は水の都エリーゼへ、彼女の待つアクアパレスへと向かう。
だが、そこへ通ずる唯一の架橋を武装したイシーヌが塞ぐ。
最早王国軍に選択の余地は無かった。
BF03 水の都エリーゼ
王国軍は進軍を続け、フローランドの対岸へ辿りついた。
フローランドへ続く橋はイシーヌ率いる部隊が守りを固めている。
泳ぐ訳にもいかないので、王国軍は彼女達を突破しなければならない・・・橋を確保する為、王国軍は進撃する。
「イシーヌ様!先程の人間達です!」
王国軍の動き出した事を、ウンディーネ達が察知する。
手にした槍を次々に構え始める。
「おのれ・・・どうあってもここを突破する気か・・・・・・」
彼女達水の民の最後の希望が女王である限り、ここを突破される訳にいかない。
何があっても通すわけにはいかない!!
「エメローネ様は我ら水の民の最後の希望・・・命を懸けてでもお守り申し上げるのだ!」
イシーヌの激にウンディーネ達は鬨を上げた。
王国軍と公国軍がぶつかり合う白兵戦、フローランド対岸は大乱戦となった。
斧を持ち、槍と相性の良いチェレスタとミラノは次々にウンディーネの槍を弾き飛ばして行く。
それでも効果的な決定打が中々与えられず、戦線は混迷し、停滞して行く。
「ほえぇ・・・デュラン様、ユグドラ様・・・このままではアクアパレスに辿り着けません・・・どうすれば・・・」
ついに前線でウンディーネ達の相手をしていたチェレスタが弱音を吐き始める。
イシーヌ隊の猛攻激しく、王国軍は次第に疲弊していった。
そんな折。
「あ」
ニーチェが唐突に声を上げた。
何かを思いついたらしく、目が輝いている。
「どうしたの、ニーチェ?」
ユグドラが彼女の顔を覗き込む。
「えっと・・・騎士のお兄ちゃんが王女様を抱いてフローランドまで行って、ニーチェがそこから案内すればいいんじゃないかな?」
そしたら女王様とお話できるんじゃないかな・・・?
ニーチェはユグドラに、本気でそう言った。
要するに。
デュランがユグドラを抱いて騎馬で全ての敵を無視してフローランドへ、
そこから先の最短ルートをニーチェが案内するというものだ。
その間はチェレスタとミラノの部隊がイシーヌ隊を足止めすればいい。
突拍子も無い割には騎馬の特性を生かした作戦でもあった。
「無茶苦茶だが・・・この状況じゃそれしかねーな」
「・・・同感です、デュラン様、ここは僕らに任せてユグドラ様を!」
じゃあ先行ってるよ!と何時の間にやらニーチェは河から対岸へ向かっている。
仕方ない、というような表情の後、失礼と言いながらデュランはユグドラを抱きかかえた。
だが当のユグドラ本人はイマイチ事がわかっておらず、何故か慌てていた。
「デュラン隊、並びニーチェ隊の架橋並びに河川の突破を援護します!!」
「行くぜお前ら!邪魔させんじゃねぇぞ!!」
声と同時に、騎馬隊が一斉に架橋の突破にかかる。
あまりの勢いに、ウンディーネ達も中々彼らを止める事が出来ない。
「ユグドラ様・・・エメローネ様を説得できるでしょうか?」
チェレスタが不安そうにミラノへ問いかける。
「・・・無理だろうな、向こうだって相当の覚悟で向かってきてるんだ・・・死ぬまで戦うだろうよ」
「そう・・・ですよ、ね・・・仕方ないとわかっていても・・・空しいですね」
2人はデュラン隊、ニーチェ隊がフローランドへ辿り着いたとの報告を聞き、自身も前線へ向かった。
それから数分も立たぬうち、王国軍の後方に何者かが現れた。
その出で立ちは公国軍でも無ければ、帝国軍でもない。
「あれが帝国が賞金かけてる王国軍の残党達だな?」
「ミゼルの兄貴、チャンスです!やっちまいましょう!」
どうやら現れたのは、フリーの賞金稼ぎのようだった。
「こんのクソ忙しいときに・・・チェレスタ!オレらはヤツらをぶっ飛ばしてくる!」
ミラノがイラつきながらも、後方の防御へ回る。
チェレスタは頷き、前線へ向かう。
不覚にも、王国軍は三手に軍を分ける事を余儀なくされてしまった。
橋ではイシーヌ隊が、これ以上先へ進ませまいと必死に抵抗を続けている。
「まだ抵抗するの・・・?これ以上の戦いが例え無意味でも・・・っ」
チェレスタがぼそりと吐いた独り言、それがイシーヌの耳に届いた。
「・・・お前たちは己が正義を盾に私達に剣を向けている、だが私達にも正義がある・・・
互いの為していることに、一体如何ほどの違いがあるというのだ!?」
「き、聞いてたの・・・?」
「エメローネ様は民に対しての責任を負うものの義務を、意味を、そしてその覚悟を悩みぬいて決められた!
ならば我々はその覚悟に応えるだけ・・・お前達はそれが解らないからそんな事が平気で言えるんだ!」
悲痛な叫び共に、イシーヌの槍がチェレスタの左肩を貫いた。
その反動で右手の大斧が吹き飛び、地に刺さる。
兵士達は口々にチェレスタの名を呼んだ。
彼女はその痛みで、自分非を、無礼を自覚する。
「・・・確かに、無意味と言った僕が悪いみたい・・・けど!!」
空いた右手が左肩の槍を掴む、イシーヌが引き抜こうとしても微動だにしない。
ここで彼女は気付いた、避けられなかったんじゃない・・・避けなかったんだ・・・っ!!
「上の方の覚悟に応え戦うは僕らとて同じ、解らない訳じゃない!簡単に否定するなッ!」
チェレスタは左肩から槍を引き抜くと、イシーヌごと一気に上空へ放り投げる!
不意を取られながらも、イシーヌは空いた左手で受身を取り何とか着地する。
両者武器を構えなおし・・・もう一度激突するかに思えた時だった。
「・・・エメローネ様!?」
アクアパレスから勝ち鬨が聞こえた。
ウンディーネ部隊が慌ててアクアパレスへ引き返す。
そこへ丁度、ミゼルを撃破したミラノが戻ってきた。
チェレスタの左肩を心配している。
それでも、彼女は大丈夫と微笑み彼とアクアパレスへ向かった。
アクアパレス内部では、既にユグドラ対エメローネの決着が着いていた。
勝ったにも関わらず、ユグドラの表情は浮かない。
それはデュランも、ニーチェも同じだった。
そこにイシーヌ、ミラノ、チェレスタ達が到着する。
イシーヌは女王の名を呼び彼女へ駆け寄った。
「これで人々が襲われる事はもう無いでしょう、しかし・・・」
「ああ・・・何か後味が悪いぜ・・・」
重い空気の中、デュランが口を開きミラノが答えた。
ニーチェは泣きそうになるのを堪え、必死に槍を握り締めている。
「・・・私は」
ユグドラが独り言のように話し始めた。
「・・・小さい頃からずっと聞かされて、信じて来た・・・『聖剣の下にこそ正義はある』と・・・」
しかし、これが本当に正義なのか?
答えの出ない問いかけが、彼女の中で延々と回り続けた・・・。
「行きましょう、ユグドラ様・・・」
チェレスタが声をかける。
王国軍の足取りは、重かった。
物資の補充やら何やらで、出発までには時間がかかった。
兵士達が慌しそうにそこらを走り回っている。
「情けないな・・・まだ気持ちの切り替えが出来てない・・・」
そんな中、チェレスタは独り離れ、アクアパレスを見つめていた。
あの戦いの中、どんな思いが飛び交っていたのだろうか。
強い思いならば・・・残留思念でも残っているだろうか。
彼女はアクアパレスへ向け、ゆっくりと両手を前へ突き出し左瞳を閉じた。
右瞳には未だ、眼帯のように包帯が巻かれていた。
「双生のアリステラの言の葉・・・片翼を持って生まれし双生の女神、片翼を鏡とし強き想いを映せ・・・」
魔術・マインドチェンジ。
本来ならば敵の心を惑わせ、自らの意思で裏切らせる魔術。
何故かは解らないが、発動文を変える事で彼女には残留思念を読むという運用が出来た。
チェレスタの中へ、最期の会話が流れてくる。
それはエメローネとイシーヌの、最期の会話だった。
イシーヌが涙を流し、女王の名を呼ぶ。
エメローネはイシーヌの頬へ手を当てた。
「泣くのではありません、イシーヌ・・・」
「ですが、エメローネ様・・・私は・・・」
その涙は止まる事を知らずに流れ続ける。
「貴女は以前、わたくしにこう言いましたね?」
貴女を・・・町の皆を、私が必ず救って見せます!!
その言葉にイシーヌははっとする、確かに覚えがあった。
「しかし・・・私は・・・私は!貴女を護れなかった・・・ッ!」
後悔と自責の念が押し寄せる。
「それでも、貴女はまだ生きている・・・皆を滅びから守れるはずです・・・」
エメローネの瞳が、色が、少しだけ変わった。
「王国軍と一緒に居たあの娘・・・彼女は言っていました、姉の為皆の為転生石を探すと・・・」
「え・・・?ではまさか・・・あの同族の姉はッ!」
―転生石を持ち出し、後悔で自殺した同族の妹。
イシーヌは声が出なかった、あの小さな娘にそこまでの意思があったのかと・・・。
「良いですかイシーヌ、これがわたくしからの最期の命令…いえ、頼みです」
「おいっ!そこのお前!」
「・・・にょぁぁぁああああああッ!?」
「変な声を出すな!気色悪い・・・」
急に大声で話しかけられ、集中が途切れ魔術も途切れる。
辺りに魔力の光が霧散した。
もう少しで残留思念が全て読めたものを、途中で邪魔されてしまったのだ。
チェレスタは文句の一つでも言ってやろうと振り返る、そこに居たのは・・・。
先程まで慌てていた様子の王国軍だが、ようやく落ち着きを取り戻してきた。
「姫様、物資の補充は終わりました、明朝には出発できます」
「分かったわ、ありがとう」
デュランの報告の後、ニーチェの質問により今後の方針についての簡単な会議が行われた。
そして次は、北のレネシー山脈を越えてパルティナを目指すことが決定した。
レネシー山脈は険しくかなりの難所だが、だからこそ帝国も油断していると考えたのだ。
「そんな危なっかしい場所から来るなんて思っちゃいねーってことか」
「ええ、恐らく防衛戦力も充分とは言えないでしょう」
話が纏まったところに、ようやくチェレスタが帰ってきた。
ユグドラとニーチェがおかえりなさい、と微笑む。
ミラノが「いいのかそれで・・・」と少し、2人にツッコみたそうにしていた。
「チェレスタ!お前今まで一体どこに・・・ッ!」
「お、怒るのは後でデュラン様っ・・・えと、客人です」
ちらっと後ろを見た彼女の後から入ってきたのは・・・イシーヌだった。
一同、驚愕しすぎて声も出ない。
「・・・我らが女王、エメローネ様の最期の言葉を伝えに来た」
イシーヌがそう言って、話し始めた。
エメローネは今回一連の事件を、転生石を狙い、かつ王国を荒らした帝国の所業と考えた、と。
そして策の元、王国と公国を仲違いさせてぶつけ合わせ、どちらかを間接的に滅ぼそうとした。
我々はその策に踊らされ、王国の者たちや自国の民すらも傷つけてしまった。
これは友好国である王国への、とんでもない裏切り行為になってしまった・・・と。
「よってエメローネ様は、転生石奪還と王都奪還の為に打倒帝国を決意され、我々にそれを託された」
・・・つまり、彼女達ウンディーネは、王国軍に協力するということになる。
ニーチェの表情がみるみるうちに明るくなっていった。
「けどいいのか?お前達は・・・」
ミラノがイシーヌへ問う。
「・・・良いんだ、これが真実で・・・これがエメローネ様の最期の頼み、なのだから」
命令ではなく・・・頼み。
これがチェレスタが最後、中断されて読み取れなかった思念の欠片。
「分かりました、王国軍はこれからエンベリア公国と王都奪還、帝国討伐の為共闘します・・・よろしくね?」
「ああ・・・よろしく頼む、ユグドラ王女様」
それを聞いたニーチェが嬉しさのあまり、イシーヌへ飛びついた。
「こ、こら!くっつくな!」
「だってニーチェ・・・嬉しいんだもん!女王様、ちゃんとわかってくれたから・・・」
彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。
ニーチェは事の真実を初めから知っていたのかもしれない。
イシーヌはそっと彼女の頭を撫でた。
横で、ユグドラが優しく微笑んでいた。
・・・奥ではチェレスタが無断で不在にしていた事をデュランに叱られている。
「大体お前はいつもいつも、急に居なくなったと思えば何かひっさげて帰ってきて・・・!」
「うー・・・あー・・・否定できないけど・・・けど今回は・・・」
「しっかしまぁ、よくやるぜ・・・」
ミラノが呆れた表情でそれを見ていた。
「見てないで助けてくださいよ、ミラノ様!」
「あー、そのミラノ『様』ってのを止めれば考えてやらんこともない」
「無理です、なんとなく」
「じゃあ無理だ」
「聞いているのかチェレスタ!」
大きな爪痕を残し、エンベリアでの戦いは終わった。
それでも彼女等は前に進まねばならない。
次の目的地はレネシー山脈。
だが、その中継地点ヴァーレンヒルズにてまた、惨劇が起こる。