眠りの灰
フローランドでの王国軍とエンベリア公国との戦い。
一つの戦いが周囲を巻き込みながら、大きなうねりへと姿を変えて行く。
王国軍は進路を北に取り、かつての王国領ヴァーレンヒルズへと向かう。
その北東部を占める黒薔薇領に差し掛かった時、
突如、轟音が響き火の手が上がった・・・。
BF04 黒薔薇領
歩を進めてしばらく、夕方頃には王国軍はエンベリア境界線から次の領地へ入ろうとしていた。
ここはどの辺かとユグドラが尋ねる。
「ヴァーレンヒルズです、この位置となると黒薔薇領・・・となります」
確か黒薔薇領の領主は・・・とデュランが言いかけた矢先、ミラノが異変に気付いた。
王国軍が居る先、黒薔薇領内が何か騒がしい。
彼女達は急いで騒ぎの方へと向かった。
王国軍はまずフラニー村に辿り着いた。
そこでは住民が妙で巨大な人形に襲われている。
人形は手当たり次第に建物を破壊し、住民へ襲い掛かっていた。
「こっ・・・これはゴーレムです!デュラン様、まさか帝国軍が・・・?」
このゴーレムの主、操り手が帝国の人間なのか否かは定かではない。
だが、村が蹂躙され破壊されているのもまた事実。
「このまま見過ごす訳にもいきません、皆各方面に展開!村を荒らすゴーレムを一掃します!」
ユグドラの指示の元、王国軍が展開する。
村の規模はそれ程でもなく、ゴーレムの数もそう多くは無かった。
王国軍は瞬く間にゴーレムを破壊して行く。
「我は戦場を駆け巡る鋼鉄の人馬、重騎戦衝となり敵を蹂躙する!!」
デュランが使用したのはナイト達の上級技術、『チャリオット』。
槍を前へ、正に戦車の如く戦場を駆け巡る。
ピンポイントで弱点を衝かれ、ゴーレムは元の土くれに戻った。
「てんめー…っ!覚えてろよ!!」
途中後方から、ミゼルとか言った賞金稼ぎの邪魔が入ったものの、
そちらはチェレスタが軽々とあしらった。
「な、何だコイツら!?ガレキになっちまったぜ?」
「魔法が解けて、本来の姿に戻ったのでしょうね」
慌てるミラノにユグドラが解説する。
フラニー村のゴーレムは全て破壊し終えたものの・・・村のほとんどが破壊しつくされていた。
それでも住民に大事は無い、それだけが救いだった。
「ちっ、邪魔が入ったわね・・・」
そこに突如、王国軍の者ではない声が聴こえた。
悪態をついたその主は・・・。
「今の声は・・・まさか白薔薇家の?」
いち早く気付いたデュランが動揺する。
どうやら黒薔薇領を襲撃したのは彼女のようだ。
さらに。
「あの軍旗は・・・白薔薇軍の!」
「白薔薇と黒薔薇襲撃・・・向こうに見えるのが幻でなければ、帝国が一枚噛んでいるということに・・・」
そう言ったチェレスタの目線の先、帝国の軍旗が風ではためいている。
「・・・有り得ない話ではないわ、先のウンディーネの件でも帝国軍は暗躍していたもの・・・」
これ以上帝国の好きにさせる訳にはいかない・・・!
ユグドラが全軍進軍の指示を出す、目標・・・帝国軍。
白薔薇軍と組んでいたのは、確かに帝国軍だった。
そして将らしき人物を発見するが・・・。
「あの男は・・・確か魔剣士ラッセル!五頭竜将の一人が何故こんな辺境の地に?」
次から次へと襲い掛かる予想外の事。
五頭竜将とは、帝国軍屈指の強さを誇る5名の将軍達の呼び名。
そのような名高き人物が、ヴァーレンヒルズのような辺境に居るのが不思議で仕方が無い。
何か裏がある・・・そう疑わずにはいられなかった。
「けど、それだけ名高い人物ならこの戦闘の総大将の可能性も浮上してきます」
チェレスタはまず、ラッセルを退けることを提案する。
ユグドラが頷き指示を飛ばそうとした、その時。
急激に魔力が一箇所に集まる、描かれるは赤き光の魔導陣。
「傀儡師の弦先に眠る破壊者達・・・声無き声に、今目覚めよ!」
敵は帝国だけじゃない。
白薔薇家総帥が、魔術・メイクドール発動してを再びゴーレムを召喚したのだ。
「邪魔は入ったけどまだ負けたワケじゃないわ、攻撃を続けるのよ!」
声に続き、ゴーレムは残る町へと進撃する。
「そんな!ど、どうしよう王女様!町が壊されちゃうよ!」
慌てるニーチェ。
それでも、この状況では軍を分けることも出来ない。
苦戦を強いられる王国軍。
「くそっ・・・コイツ、強いぜ!」
「さすがは魔剣士の異名を持つだけのことはある・・・!」
先頭でミラノ、デュランの2人がラッセルと交戦するものの、も苦戦が続く。
「どうする姫・・・このままでは町は破壊され我々も・・・敵の思うつぼだ!」
ユグドラへ襲い掛かる兵士を、イシーヌが次々に撃退する。
このまま押されては・・・!
「よし・・・目標、敵主力・・・照射!」
突如、白薔薇・帝国連合軍へ向けて光の束が降り注いだ。
それはユグドラが得意とする神聖系魔術・バニッシュにも似ている。
敵味方共に混乱していたものの、この光が王国軍に向けられていないのは事実。
「何だか分からねーが、チャンスだユグドラ!」
「ええ、今が好機です!」
彼女の声に、王国軍全軍が好機に気付いた。
「私とニーチェの隊で敵本隊を食い止めます、ミラノさんとイシーヌさんは魔導師村へ!
デュランとチェレスタはセリム魔導院の防衛をお願いします!!」
全軍が動く、この戦いも動き始めた。
チェレスタとデュランの2人がセリム魔導院へ辿り着くのと、ゴーレムの到着はほぼ同じだった。
王国軍は急ぎ回り込み、防衛にあたる。
だが、ゴーレムの数は先のフラニー村にいた数を相当上回っている。
どうやら敵は2方向から攻めるのではなく、進撃ルートを一本に絞っていたのだ。
そして軍を三手に分けて戦力を削るる為に、反対側のルートにも少しのゴーレムを送り込んでおく。
到着早々2人の隊は苦戦を強いられた、陥落は時間の問題。
せめて魔術を使う事が出来れば・・・っ!
「王女の読みは正しかった、しかし・・・奴の方が少し上だったた、というところか」
急に背後から、聴き慣れない声がした。
チェレスタが振り向くと、風貌からしてネクロマンサーだろうか、若い男が立っている。
彼女はゴーレムをその大斧で迎え撃ちながら、男へ忠告する。
「ま、まだ人が残ってたんですか!?さっさと逃げてくだ・・・あたっ!」
言い終えるか終えないか、異変に気付き戻ってきたデュランが彼女の頭を軽く叩いた。
それでもガントレット越しの拳は痛い。
涙目になりながらチェレスタはデュランの方を向く。
「部下が大変な失礼を致しました・・・黒薔薇領、領主ロズウェル殿」
それを聞いて、世間知らずのようでも地域の事くらいは理解している彼女は叫んだ。
自分のした過ちに気付いてパニックを起こす。
「良いのだ、それより戦況が気になってな・・・どういう訳か本隊よりもここが一番苦戦しているようで」
彼は部下からの報告を聞き、全ての戦場の戦況を把握していたのだろう。
「娘、魔術が使えれば戦況は変えられると言ったな」
先のチェレスタの魔術を使えれば、との独り言。
どうやら声に出ていたようだ。
「策があるというのならそれまで私が手を貸そう・・・これ以上領内を荒らさせる訳にもいかないしな」
ロズウェルはゴーレムへ向かい、杖を構える。
「ご助力感謝致します・・・やれるな、チェレスタ」
彼女は瞳を見、デュランの問いに大きく頷く。
そして魔導院の一番高いところへ向かって走り出した。
日が沈みかけ、後数時間もすれば夜になる。
夕方こそが・・・心理系魔術を得意とするウォーロックの時間。
魔導院の塔の天辺、一番高い場所に辿り着いたチェレスタは、両手を掲げ息を大きく吸い込む。
足元に紫の光で魔導陣が描かれる、魔力が鳴き、集結する。
「灰被りのマイメイエの言の葉・・・」
詠唱を始め、魔力の集結がより大きなものになる。
「月夜に舞い踊る気ままなる妖魔・・・眠りの灰を我らの敵へ降らせ!」
魔術・コーマカルマが発動する。
高い位置に居る所為なのか、眠りの灰となった魔力が広範囲に散布される。
敵は精神の弱いものから次々と昏睡に陥った。
その威力は絶大で、敵の将すら撤退を余儀無くされるほど。
この魔術が決め手となり、黒薔薇領の防衛に成功した。
「やったか・・・」
白薔薇・帝国連合軍撤退の報告を聞いたデュランは、胸を撫で下ろした。
一方、ロズウェルは降り注ぐ灰を見るなり何か考え込んでいる。
あの娘にこれ程の力があるとは・・・。
彼はデュランへ軽く一礼すると、そのまま去っていった。
全軍が無事に戻ってきた事で、王国軍は今回の防衛が成功した事を再確認した。
しかしそれでも謎は残る。
一体、敵を討ったあの光はなんだったのか。
そもそも何故白薔薇は黒薔薇へ戦闘をしかけたのか。
そこにミラノが、伝令からの報告を持って帰る。
「おい、ロズウェルとかいう男が呼んでるぜ、オレ達に礼を言いたいってよ」
一同は黒薔薇館へ向かった。
「貴方方の助力により我々黒薔薇は壊滅を免れた・・・礼を言う、この恩、返さずにはいくまい・・・さあ、何をお望みか?」
「ありがとう、でも、その前にひとつお聞きしたい事が・・・白薔薇軍は何故、黒薔薇領を襲ったのです?」
ユグドラの問いは、同席している者達全員の質問でもあった。
元々両家の関係は悪くなかった・・・それが王国軍の持つ情報だ。
ならば一体何故、この争いは起こったのか・・・。
「奴の・・・ロザリィの狙いは我々の持つ『アンク』だろう」
聞きなれない単語にユグドラが聞き返す。
「見ただろう、光を・・・敵軍に降り注いだあの、まばゆい光の束を」
その光を放ったのがアンクだと彼は言う。
アンクの力は強大で、それを手にした者は圧倒的な魔力を得る事が出来る・・・とも。
『アンク』。
それがこの争いの理由なのか、王国軍にはそれがまだはっきりしない。
白薔薇家総帥、ロザリィからも話を聞かねば・・・。
王国軍の次の目的が決まった。
王国軍が立ち去ろうとした時、不意にロズウェルが引き止めた。
「先の魔術を発動したのは、お前・・・なのか?」
目線がチェレスタへ向いている。
「え、あ、はい・・・僕ですけど・・・?」
「確かにありゃ凄かったが・・・それがどうかしたのか、黒薔薇さんよ?」
ミラノが少し飽きてきている。
そしてチェレスタは、何故呼び止められたのか解っていない。
「いや、先の魔術『コーマカルマ』はウォーロックの得意とする心理系でもかなりの高位に位置する、それをその歳で発動したとなると・・・」
察するに・・・良くも悪くも、チェレスタはとんでもない事をしたのだろう。
だが、彼女にはそれが、何を意味するかを理解できなかった。
「アレを発動する程の魔力、か・・・軍には有益だが、我々魔導師にとしては・・・注意せねばなるまいな」
― 汝、刹那と狂気の魔となるか。