Avenger




 チェレスタは己の心に従い、ただがむしゃらに大斧を振り回した。
普段の彼女の戦い方からは想像も出来ないほど荒々しく、粗暴に。
「みんなの、仇・・・っ」
「あぁ?」
レオンは彼女の斧を軽々と受け流す。
そして、何かを思い出した。
「あー・・・お前、確かあの虫ケラ共と一緒に居た奴か!」
彼の心無い発言にチェレスタの、やり場のない怒りが加速する。

「光を奪われ、翼を折られた天使」

そこでようやく、誰かが魔術を発動しようとしていることに気がつく。
だが、レオンの猛攻から逃げられない。
「死んじまいな!」
その槍を受け流すだけが精一杯。

「エイミアの呪い、我等の敵に」

 ターゲットを外れたロズウェルが、暗黒系魔術・グラヴィティカオスを発動した。
チェレスタへ容赦なく暗黒の刃が突き刺さる。
反動で吹っ飛ばされるも、なんとか体制を立て直す。
が。
「・・・痴れ者が!」
彼の杖から放たれた暗黒の矢が、追い討ちをかける。
さらにタイミングの悪い事に、先程かけたオブリヴィアスドーンの効果が切れ始めた。
終わった・・・・・・?


「伝説の戦女神ニルヴァーナよ、私に力を、絶望の淵に降臨し勝利を謳え!」


 ユグドラの1撃が、レオンに決まった。
「我が聖剣の下に革命を!」
声に続いて攻め上がる王国軍、目標・黒薔薇帝国連合軍。
「ほう!これはこれは・・・ユグドラ王女!まさか、こんな所でお会いできるとはな!」
「黒騎士レオン!このようなところで何を企んでいるの!?」
「企む?ハッ!俺は戦がしたくてここにいるだけだ!ほら行くぜ!早いとこ逃げねぇと痛い目を見るぜ!」
会話での和解は不可能、両者は真正面からぶつかり合う。
「ユグドラ様・・・」
「話は後よ、貴女には私の護衛をお願いします」
チェレスタとレオンの間に何があったのか、彼女等はそれを知らない。
知りたいはずなのに・・・けれどもユグドラは聞かなかった。
今はそれよりもやるべきことがあるから・・・。

 チェレスタが後方でユグドラを護る中、
イシーヌとミラノがロズウェルを追い詰め、デュランとニーチェがレオンへ立ち向かう。
「にゃろう・・・意外と強ぇーじゃねーか!」
「油断するなミラノ!だが、流石は領主と言ったところか・・・」
王国軍の中でも戦闘力の高い2人だが、
ロズウェルの魔術に翻弄され、思うように立ち回ることが出来ない。
「何か、怖いおじさんがいる・・・」
レオンを見たニーチェの一言。
「そこのウンディーネ!串焼きにしてやろうか?」
「ヤバン人・・・」
一瞬、レオンの額に血管が浮き出た気がした。
遠くでイシーヌが、「漫才などしてる場合ではない!」と叫んでいた。
 油断したレオンの下へ、好機とばかりに攻撃をしかけるはデュラン。
槍と槍、互角の戦い。
「貴殿の悪行の数々・・・騎士の風上にも置けん!」
「クックック・・・騎士道精神が何だ?俺様は欲望に正直なだけだ!」
「・・・黒騎士レオン!貴殿だけは許さん!」
それでも2人の精神は、絶対に交わる事の無い・・・平行線の様。
水と油、白と黒、光と闇・・・正に対となるような。

 王国軍が参戦してから少し時間が経った。
黒騎士の異名を持つレオンの圧倒的な破壊力に、彼女等は苦戦を強いられる。
敗北は時間の問題・・・そんな時だった。


「よ〜し!目標、敵主力・・・放て!」


 光が、降り注いだ。
以前にも感じたことのある・・・それでいてどこか、何かが違う光。
「この光は、まさか・・・」

アンク。

「白薔薇のヤツらも持ってたのかよ!?」
先の戦いで、敵軍へ猛威を揮ったアンク。
その戦い同様、今回も敵軍は撤退していった。
とにかく、白薔薇領の防衛には成功した。


 王国軍はロザリィの安否を確かめる為、白薔薇館へ向かった。
当の本人は無事で、白薔薇領防衛成功の感謝を伝えると、アンクについて話し始めた。
 アンクは魔力を高めることが出来るアイテムであり、
この両方を揃えると彼女等両家の開祖、バロイすら凌ぐ魔力を得ることが出来ると。
そして彼女等は、そのアンクを揃えたく戦っていて、お互い退く気はないのだと。
 途中ミラノが「1つずつ持ってるならそれでいーじゃねーか」と反論する。
けれどもロザリィは譲らない。
大きな魔力を手に入れることはここの魔導師の悲願であり、
それが、魔導師として・・・そして総帥としてのプライドでもあると。

「ロズウェルはあたしのライバル・・・だから、絶対に譲れないわ!」

彼女はきっぱりと、こう言い放った。


 王国軍は陣を張っているクーペ川のほとりまで引き返した。
そして両家が退く気は無い事を知り、困り果てていた。
「このままではレネシー越えも難しくなるな・・・王女よ、どうするのだ?」
「帝国の連中の動きも気になるしな・・・」
「ええ・・・」
ユグドラ、イシーヌ、ミラノの3人は、いつもより人が足りない事に気付かぬほど悩んでいた。
 そんな空気を打開・・・というよりも破壊するべくニーチェが駆けて来る。
「お、王女様、大変だよぉ〜」
慌てているニーチェの目にはうっすら、涙が浮かんでいる。
ユグドラが彼女を落ち着かせ、事情を聞こうとする。
だが。
少し遠くから、大きな鈍い音が聴こえて、何かが地面に落ちる音がした。
4人は急いで音のほうへ向かった・・・途中「遅ぇ!」とミラノがニーチェを脇に抱えて走り出したが。

 音のした方向では、多くの兵士がデュランとチェレスタのやりとりに集まっていた。
「・・・殴られた理由はわかっているな?」
そう言ったデュランの声は、恐ろしいほどに冷静で、冷淡だった。
殴られた反動で倒れたチェレスタは、黙り込んだまま。
「命令を無視してまで奴に拘った理由・・・聞かせてもらおうか」
闇夜に彼の声が響く、恐ろしいまでに静かな夜に。
無言のままチェレスタは立ち上がる、答える気はないのだろうか・・・。
依然、顔は伏せたまま・・・左頬が赤くなっていた。
「殴られ足りないか?」
そう構えたデュランを、やっと到着したユグドラが止めた。
彼がうろたえている隙に逃げ出すチェレスタ。
1人にさせまいと追いかけるニーチェ。

「・・・姫様、私は間違っていたのでしょうか?」

突然の問いに戸惑うユグドラ。
 彼にはきっと、チェレスタが暴走した理由がわかっていた。
一時期彼女が所属していた王国第二騎士団を壊滅させたのは・・・多分、黒騎士レオン。
戦友の仇敵を眼前に、自制心を無くしてしまったのだ。
そしてその暴走は命令違反にも繋がってしまった、だから彼には咎める義務があった。
けど・・・。
少し考えても、答えが彼女には見つからない。
「だが、ああでもしないと下の者には示しがつかない・・・正当な判断だとは思うが」
変わりに答えるイシーヌ、彼女もまた・・・ウンディーネの騎士であった人物。
「それが自分の意思に反していても・・・か、難儀なもんだなー・・・騎士ってヤツも」
ミラノは星空を見上げながら呟いた。
盗賊の彼には、理解し難い世界なのかもしれない。
4人は唯、2人が走り去った方を見ていた。


 思わず走り出したチェレスタは、川に辿り着いてようやく足を止めた。
戻らなきゃ、でも・・・。
気まずい・・・、何か戻りたくない。
「待って〜〜〜!」
悩む彼女の元に、ニーチェが追いついた。
驚くチェレスタ。
「ニーチェ様?」
「は、速いよ・・・」
ニーチェは息を切らせ、チェレスタの元へ駆け寄ってきた。
チェレスタは何故追って来た、とニーチェへ問いかける。

1人にしちゃいけない・・・って思ったから。

彼女から返って来た答えは、実にシンプルなものだった。
自分を連れ戻しに来た訳でもなく、説得しに来た訳でもなく。
ただ、そばに居ようと思った・・・それだけなのだ。
「それにね、ニーチェのこと『ニーチェ』って呼んで欲しいの」
彼女はチェレスタを真っ直ぐに見つめ、そう言った。
確かに彼女は、相手が誰であろうと『様』付けで呼び、自分が一番下であるかのように動いている。
それが何故なのかは王国軍の誰も知らない事実。
ニーチェは続ける。
「失礼かもしれないけど・・・ニーチェ、チェレスタと友達でいたいの!」
彼女なりに、自分を元気付けようとしてくれているのだろうか・・・?
それにこれもきっと、心から思ったことなんだろうな・・・。
初めての、対等の友人。

「ありがとう、ニーチェ」

心のそこから、チェレスタは嬉しかった。