決断




先日の戦い以降、両家の小競り合いはついに大規模の増強を開始。
民をも巻き込んだ一大決戦を予感させた。
アンクとアンクがぶつかり合えば中立都市ならず、この地が焦土と化すのは間違いない。
そしてヴァーレンヒルズでは治安が急激に悪化、山賊が都市を襲撃するようにもなった。
この状況に歯止めをかけるため、王国軍はまず山賊の跋扈する中立都市マーヴェルへ進軍する。



BF06 中立都市マーヴェル




 丘の谷間の草原にて、王国軍は現状を纏めていた。
両陣営は戦力を集結させ、着々と決戦の準備を進めているらしい。
デュランが報告書を読み上げる。
「彼らは、戦力を集める為に警備兵まで借り出しています、その影響で領内の治安は悪化し、山賊の被害が相次いでいるとか・・・」
「呑気なもんだな・・・いつも苦労するのは一番下の者達だというのに」
報告を聞き、毒づくイシーヌ。
彼女の側には、ニーチェという元々平民だった少女がいる。
だから余計にそう思ったのだろう。
「上に立つ者が勝手をすればするほど苦しむのは一番下・・・2人ともわかってらっしゃるはずなのに・・・」
「そうね・・・きっとアンクの所為で周りが見えなくなってきているのね」
彼女等はヴァーレンヒルズの現状に落ち込む。
 そこに、中立都市マーヴェルの偵察に行っていたミラノ達が帰ってきた。
その報告もまた、風雲急を告げるものであった。 「やべーぞユグドラ!山賊だ、ヤツら、警備が手薄なのをいいことに好き放題してやがる!」
どうもマーヴェルが山賊達に蹂躙されていると言うのだ。
もたもたしていられない。
「まずは、無法化した都市を山賊たちから解放しましょう・・・そして、双方に使者を送ります」
ユグドラが立ち上がる。
数人の者が、使者について聞き返す。
「それだけの兵力が衝突すれば相当な被害が出てしまうわ、でも今なら・・・まだ間に合うかも知れない!」
彼女等は数名の伝令を使者として両陣営へ送り出すと、自分達もマーヴェルへ向け進軍し始めた。


 マーヴェルでは、いつかどこかで見たような山賊が暴れ回っていた。
さらに、いつか会ったような傭兵まで居る。
人数は結構なものだった。
「ですが、山賊は元々統率の弱い集団です、恐れるには足りません」
そう言ってデュランは、ユグドラの前に立つ。
「陣形・・・とかは?」
「そんなモン無いも同然さ、親玉狙えば一発さ!」
ニーチェの問いにも、ミラノは力強く答える。
ユグドラの号令で各々が、各方面に展開した。

 チェレスタはオルテガが率いる部隊を大きく迂回し、真っ直ぐインザーギ率いる傭兵部隊へ向かう。
彼女の得意武器は斧だが、対するインザーギの得意武器は剣。
相性では不利ではあるものの、ユグドラはチェレスタの実力を知っている。
だから撃退できるとの判断を下したのだろうが・・・彼女の心情までは読み取れていなかった。
先日デュランに叱られて生まれた『何か』という迷いが、チェレスタの太刀筋を鈍らせる。
「なんだァ・・・?ケッ、コイツ雑魚じゃねーか!ビビって損したゼ!」
鈍った太刀筋は、直接対戦相手に迷いを伝えてしまう。
焦ったチェレスタは、徐々に押され始めた。
「そらそらそらぁッ!これで終わりだと思うなよ!」
叫んだ後、インザーギは大剣を構えなおす・・・魔力が鳴いた。
「絶望の果てに死を告げる乙女・・・その悲痛なる想い、敵を貫かん!」
魔術が発動し、チェレスタ達は力が抜けていくのを感じた。

低下系魔術・バンシーズクライ。

素養のある者ならば簡単に使いこなす事のできる下級術だが、その応用度は高い。
魔術を受けて体制を崩した所に、インザーギの大剣が迫った。
「やぁぁああああ!!」
そんな時、駆け付けたイシーヌが割って入った。
彼女は軽々とインザーギの大剣を、宙へと放り上げる。
「イシーヌ様、何故・・・?」
「ニーチェが心配そうにしていたからな・・・つい、な」
彼女はチェレスタの問いにそっけなく答える。
そして「下がっていろ」とでも言うかのように、チェレスタの前に出た。
空気が凍りつく。
「永遠にして厳格なる盟約を胸に、今こそ青の世界をもたらさん!」
声が終わるか終わらないか、吹雪が吹き荒れる。
女王システィーナとの盟約により、ウンディーネにのみ許された力・・・。


「全て凍ってしまえば良い・・・」


冷気系最上級魔術・ダイヤモンドダスト。


人間が辿り着くには、難しすぎると言われる最高峰。
吹雪はこのマーヴェルにおいて、彼女が敵と認識した者のみを襲う。
と、なると当然、中央で暴れている山賊たちも。

 この一撃が決め手となり、山賊達は撤退していった。
マーヴェルは解放され、住民は口々に王国軍へ礼を告げる。
特に今回の功労者であるイシーヌは、住民達から英雄扱いされていた。
・・・当の本人は照れて、恥ずかしそうにしていたが。

「・・・チェレスタ様!」
陣を張り少し落ち着いてから、チェレスタはデュランに代わり各隊からの報告を受けていた。
逐一、紙に纏めていく。
最後の報告を聞き終えると、紙を全て纏めて抱きかかえ、ユグドラの元へ向かった。
だが・・・ちょうどよくその時、伝令が・・・『使者』帰って来た。
本陣として使用している建物手前、扉一枚を隔てて彼女は聞いてしまった。


「・・・双方共に兵を退く気は無いと、もし邪魔をすれば、敵とみなし攻撃も辞さないと」


一体の空気が戦慄を覚える。
両陣営の戦闘準備が終了するまでに要する時間は一両日。
こうなれば取るべき方法は・・・ひとつ。
黒薔薇、白薔薇両軍の激突によりこの地が焦土と化す前に・・・被害を最小限に食い止める為に。


両陣営のうちどちらか一方を滅ぼすしかない。


もうそれしか手は・・・ない。
「で、でも・・・王女様・・・」
「仕方ないんだニーチェ、仕方ないんだ・・・」
「ですが、では、一体どちらを?」
「それは俺らが決めることじゃねーよ」
断片的に聴こえてくる会話。
思考回路が段々麻痺してくる。

帝国の真意も解らないのに?
本当に悪いのは帝国かも知れないのに?
本当はどちらも被害者かも知れないのに?
僕らは後から偶然来ただけなのに?

何で・・・?

ドウシテ・・・?

アノトキトオナジ・・・?
エメローネジョオウ・・・!


マタダレカガリフジンニシナナケレバナラナイノ?


 その瞬間、チェレスタはうっかり持っていた報告書を落としてしまう。
「誰だ!!」
一番近かったミラノが、乱暴に扉を開ける。
目の前にいたのがチェレスタだった為か、ミラノは一瞬呆気に取られた。
「え、あ、う・・・ごめんなさいっ!ゴメンナサイっ!!」
怯えた瞳で、彼女は何処かへ走り去ってしまった。
誰もがその瞳を見てしまった所為か、今回は誰も追いかける事が出来なかった。
「・・・聞かれちゃった、のね」
「エンベリアの時もそうでしたが、このような戦いを一番嫌いますからね・・・彼女は」
「大丈夫かよアイツ・・・」
心配しながらも、今は放っておくしかない。
誰もがそう思った。


もうすぐ夜が訪れる。