誰が為に、何の為戦うのか




白薔薇・黒薔薇両領地にてクーデターが発生。
首謀者は帝国軍。
これに気付いた王国軍は、帝国軍討伐の為各領へと向かう。
しかし魔導師が独り見当たらない。
一体彼女は今何処へ・・・。



沈む・・・絶望の底へ・・・。
交差する魔力と繋がる想いが彼女を死へと引きずり込む・・・。



 ヴァーレンヒルズの被害を如何に抑えるか・・・、ユグドラはその決断を下そうとしていた。
自分達が介入し、どちらかの勢力を潰す事でこの戦いを止められたら。
「決めました、我々王国軍は・・・」
辺りがしん、となる。
ユグドラが次の言葉を発しようとした、その瞬間。
派手な音を立て、扉が乱暴に開けられる。
「た、大変です!」
慌てて飛び込んでくる密偵。


「白薔薇領、黒薔薇領にてクーデター発生!首謀者は共に帝国軍です!!」


帝国軍、その名を耳にしただけでその場の緊張が一気に高まる。
「ユグドラ!!」
「ええ、今は帝国軍をこの地から追い出すのが先みたいね・・・」
ユグドラはすぐに頭を切り替え、帝国討伐に向け軍を編成する。
黒薔薇領へデュラン・ミラノの隊を向かわせ、白薔薇領へイシーヌと自分の隊が向かう。
中立都市マーヴェルの守りにはニーチェの隊を残した。
「しかし姫、チェレスタが・・・」
イシーヌが彼女が走り去ったままという事に気付く。
戦力が欠けたままでの奪還戦。
「兵の数名をチェレスタの捜索に回し、彼女の隊はそれぞれ私とデュランの隊に編成します」
ユグドラは気丈に指示を飛ばす。
チェレスタが居なくて不安なのは彼女も同じはずだ、だが。

「大丈夫、チェレスタならきっと無事だから・・・」

ユグドラは前を見据えて歩く。
「けどアイツ、武器も持たずに飛び出したんだぜ?大丈夫かよ・・・」
「今は、信じるしかありません、我々も行きましょう」
王国軍が出陣し、ヴァーレンヒルズでの戦いが始まった。


 遠くで声と声がぶつかり、刃と刃のぶつかる音がした。
右と左、丁度両サイドから聞こえてくる。
行かなきゃ・・・早く抜け出さないと・・・!
思えば思う程、憎悪の蔦が絡む。
足掻けば足掻くほど、嫉妬の泥土へ沈んで行く。
完全に沈んだ直後、右腕が偶然解放される。
生への執着か、腕を伸ばす。

誰かが、その腕を掴んだ。


 迫る帝国軍、ナイトだらけの編成。
逃げる最中にも、彼は魔術を撃ち込む事によって追撃を凌いでいた。
幸い敵には魔術師がいない、大分距離も離れてきた。
そしてマーヴェル北に広がる森林へ辿り着いた時、無数に伸びる蔦と広がる沼、
そこから突き出た腕を見つけた。


 帝国軍の追撃はしつこく、逃げても逃げても追ってくる。
腹が立った彼女は、魔術にて帝国軍の大半を焼き払う。
そして進路を南から東へ変えてさらに走る。
途中、何かにぶつかった。
ぶつかったのは魔力によって出現した蔦、その先で、
泥土へ沈められた誰かと、それを引き上げようとする・・・よく見知った男の姿を見た。



 地上で、誰かが話してる。
片方が凄く冷静で、もう片方は凄く焦っているような。
駄目だ・・・このままでは2人とも巻き込まれる・・・。
そう思った瞬間、蔦の力がさらに強くなった。
(早く逃げて・・・っ!)
けれど、彼女の腕を掴む手は離れず、魔力の集約さえ感じられる。
焦っていた声は、臆する事無く魔術を発動した。
魔術で生まれた炎が、次々に蔦を焼き払っていく。
それは彼女に絡んだ蔦も例外ではない。
暑さに耐えられず、腕を掴む腕を掴み返した。
それを合図とばかりに、彼はその腕を引き上げた。

「ちょっとアンタ、大丈夫?」
ロザリィが心配そうに、チェレスタの顔を覗き込む。
チェレスタも何度か頷いてはみるのだが、堰が止まらない。
さらに数分もしない内に、泥土が硬化して通常の地面に戻ってしまった。
「・・・どうやら時間切れ直前だったようだな」
「この状況でも動揺しないアンタが怖いわよ」
どこまでも冷静なロズウェルに対し、ロザリィが悪態をつく。
何とか状態を元に戻したチェレスタは、何かが打ち出される音を聴いた、それもかなり近く。
「まさか・・・チッ!」
彼女はとっさに2人の間に割って入った。
その左手には、矢が掴まれている・・・矢羽の色から帝国の物と判断出来た。

「レシュテ殿の要請で確認に来れば・・・痴話喧嘩を見物しに来たのでは無いのだがな」

 どこからか、ジルヴァが姿を現した。
帝国軍暗殺部隊が3人を取り囲んでいる。
「・・・ジルヴァ様、目標は?」
以前、エレナと呼ばれていたアサシンだ。
本気と感じたチェレスタが、こっそり2人に告げる。
「人数的に背後には帝国軍は居ないでしょう、まっすぐ南下すればマーヴェルへ着きます」
目を逸らせば、その矢は確実にこっちへ飛んでくる・・・それ程の殺気。
目線を前から外さずに彼女は続ける。
「折角助けて頂いたんですし、今度は僕が・・・御二人共、逃げて下さい」
素手でもある程度は戦えますから・・・そう言うと、彼女は迫る矢を払い、アサシンへ向かっていった。
2人に攻撃が行かぬ様、その手が、脚が次々にアサシンを倒して行く。
「・・・このまま逃げる訳にも行かないか」
「あら、珍しくアンタと意見が一致したかも」
2人はそれぞれの武器を構えた。
「哀しみを閉じ込める蒼氷の柩・・・」
「天上の聖人よ、我を導きたまえ・・・」
敵へ悟られぬよう、詠唱を始める。
アサシン達はチェレスタに気をとられ、誰も気が付かない。


「青の息吹に抱かれ、永遠に眠れ」

「混沌を照らす破邪の光を以って!」


 突然の攻撃に戸惑う帝国軍。
チェレスタもまた、驚いた・・・逃げたと思っていたのだが。
「軍のトップとしては、アンタら王国軍もこっちをボコボコにしてくれた敵なんだけどね」
「だが領主としては・・・共に王国軍は恩人であり帝国こそが敵だからな、手を貸すぞ」
そう言った2人から、後悔は感じられなかった。
自身の立場をわかっていながら、加勢してくれているのだ。
「・・・知りませんよ?」
自分達のしてきた事はきっと間違ってない・・・、チェレスタは何処か嬉しかった。
「敵は多勢に無勢、怯むな!!」
ジルヴァは自ら矢を撃ちつつ、号令を飛ばす。
だが総帥の地位にいる2人の魔術は強大で、次第に帝国軍にも隙が出来始める。
 けれどもその隙に、チェレスタは若干の違和感と不自然さを抱いた。
最も統率力の取れた暗殺部隊が、この程度の誤差で崩れる物なのか・・・?
確かに2人の魔術は凄い、それでも・・・。
「ロザリィ!」
唐突にロズウェルの声が響く、数人のアサシンが彼女を狙っていたのだ。

全てが罠だった。
戸惑った事も、隙を作った事も・・・!
「・・・こんのぉぉぉぉおおお!」
チェレスタは走った、全てが罠だと気付いたのも、
「ちょっ、アンタ・・・!」
ロザリィの前に立った彼女の腕に、脚に矢が刺さる。
頬を、腹を、鏃が掠めて行く。
刺さった矢を引き抜く時、全てが罠だと気付いた。
「詠唱にばかり集中してると、本当死にますよ?」
チェレスタはロザリィへ軽く声をかけると、何とも無いと言わんばかりに飛び出す。
そしてまた、素手でアサシンへと立ち向かう。
アイヴィウィップ、マントラップのダメージに今受けた傷の分・・・そろそろ限界のはずなのに。
 それを察知してか、ジルヴァはさらに部隊の動きを変化させる。
チェレスタ1人に異様なまでの人数がマーキングしてくる。
その所為か自由に立ち回る事が出来ない。
自由に立ち回る事が出来なければ戦場の把握も・・・、
「・・・!!」
エレナが居ない・・・。
こっちが囮で、片方の狙いに失敗したとなると当然・・・チェレスタはアサシンを掻い潜り走る。
ロザリィがエレナの位置を察知した時にはもう遅かった。
「このバカ総帥っ!後ろ!!」
隙が出来始めた時、エレナは『最初から』ロズウェルのみを狙っていた。
確実に1人、消す為に。
「爪が・・・血を、魂を望んでいる・・・っ!!」
その瞳は、師の下悩む弟子等ではない、心を捨てた暗殺者。
紅い満月に狂気が生まれる。
けれどもその爪を、


チェレスタの背が庇う。


 鮮血が宙に舞い、勢いのまま倒れる。
「・・・怪我、してないですか?」
「ああ・・・」
彼女はこの状況でも、自分より他人の心配をした。
体制を建て直し、また戦いに出る。
「何故・・・何故そこまでして・・・っ」
敵でありながら、エレナはチェレスタの真意が気になり戦いに集中出来ない。
「どうしてでしょうね・・・?」
チェレスタは『本当の隙』を見つけ、エレナの右腕を掴む。
その爪が腕に食い込もうと、気にも留めていない。
 自分を捨ててまで戦おうとするその姿に、恐怖と、敬意さえ覚える。
彼女はエレナを蹴り飛ばすと、

自分が傷つくのは平気でも、大切な人が傷つくのって許せなかったりしません?

そう答えた。
「天空のルキオンの言の葉・・・天空を駆ける気ままな雷神・・・」
紫の魔陣を描き、魔力が鳴く。
どうしてか、誰も動く事ができなかった。
何故かは・・・本当に誰もわからず。

「雲を裂き、閃光となりて応えよ!」


その雷鳴は、ヴァーレンヒルズ全土に轟いた。