戦いのその後
ヴァーレンヒルズに轟いた雷鳴、雷撃系魔術・サンダーボルト。
その雷は、反応の遅れたアサシン達を次々に撃ち貫く。
だが体力の低下か、出血による貧血か、狙いが定まらない。
雷撃を上手くかわした敵が立ち上がる・・・今のチェレスタでは立っているのですらやっとだった。
けれど護ると決めた、その瞳は燻らない。
互いがそれぞれ、次の出方を睨みあう最中。
黒薔薇領方面とマーヴェル方面から、どこかの軍がこちらへ向かう気配がした。
「遅れを取るな!!」
「とつげーき!!」
先の雷撃で、ここに人がいることに気付いたのだろう。
向かってきたのは、デュランとニーチェの隊だった。
予想外の展開に戸惑う帝国軍、いくら訓練されたアサシンと言えど動揺は隠せない。
「白薔薇領並びに黒薔薇領は我々王国軍が奪還した、帝国軍よ、退け!」
デュランが叫ぶ。
この言葉が意味する物・・・帝国軍の敗北。
「ジルヴァ様・・・」
「・・・・・・撤退する!」
ヴァーレンヒルズでの戦いは、王国軍の勝利に終わった。
それと同時に、チェレスタにニーチェが抱きついた。
「チェレスタぁ・・・全然帰って来ないからニーチェ、心配したんだから!」
ニーチェの声は震えていて、涙を必死で堪えている。
「あーあー、いいの?前線に立つのがそんな泣き虫で」
「に、ニーチェ泣いてない!」
「うー・・・何か、ほんと、ゴメン・・・」
今にも泣きそうなニーチェを茶化すロザリィ、チェレスタはばつが悪そうにそっぽを向いた。
その様子を、少し遠くでデュランが見ていた。
「そう、あまり叱ってやるな」
そんな彼にロズウェルが話しかける。
デュランは否定しかけて、否定できずに黙り込む。
「彼女が居なければこちらの被害は、アンクだけでは済まなかったさ・・・盗られていたんだろう?」
「・・・ええ、我々が到着した頃には」
申し訳無さそうな顔をするデュランを見、ロズウェルが呆れたように笑う。
「アンクが盗られた事は大きい・・・だが、我々が生きていることもまた大きいと思うが?」
「そう・・・ですね」
デュランはどこか諦めたように笑う、今回の独断行動は不問にしてやるか・・・。
と、安心しきった所為か出血多量の所為か、チェレスタが倒れた。
あれから数時間、チェレスタが目を覚ました時、軍の主要人物があまり居なかった。
兵の話だと、両陣営の領主の会合にユグドラ、デュラン、ニーチェが立ち会っているという。
正直、何か暇だった。
「・・・チェレスタ!もういいのか?」
外ではやっぱり暇なのだろうか、ミラノとイシーヌが手合わせをしていた。
チェレスタは大丈夫、と頷いてみせた。
「全くエンベリアの時といい今回といい・・・お前本当に人間か?」
イシーヌは彼女に呆れたのか、冗談交じりな質問をした。
「とか言って、お前ユグドラ以上に慌ててたじゃねーか」
「な・・・っ!ミ、ミラノ貴様ぁッ!」
イシーヌは一気に赤くなり、持っていた槍でミラノに斬りかかる。
口ではなんだかんだ言っても心配してくれていたのだろう、チェレスタはそれが嬉しかった。
「ふふ、お疲れ様です」
「元気ねぇあんたら・・・」
後ろから聞きなれた声がした、ユグドラが帰ってきていた。
隣にはロザリィがいる。
「ユグドラ!帰ってきてたのか」
「ええ、貴方達にも今回の事を言っておこうと思って」
ただいま、と言う代わりにユグドラは微笑む。
そんな彼女に代わってロザリィが話す。
今回の帝国軍の目的は両家の持っていたアンクであり、
そのアンクが両方とも盗まれた事により、帝国は三軍の共通の敵になったと。
そして白薔薇軍、黒薔薇軍共に王国軍へ協力してくれるという。
「それにもう、アンクを取り戻してもあんなことには使わないわ・・・絶対に」
領民心配させちゃ領主として失格よね、とロザリィが笑う。
「では、姫・・・!」
「ええ・・・アンクは盗られちゃったけど2人は無事だもの・・・ちょっとは進歩したかな?」
エンベリアの時は成す術も無く帝国に翻弄されてしまった。
だが、今回は違う。
帝国の目的は、レシュテ・フォルテの話から推測するならアンクを奪い、両陣営を壊滅させる事。
アンクは奪われたものの、両陣営の壊滅は免れたのだ。
「ああ、この調子で行こうぜ」
武器を背に担ぎ、ミラノが笑う。
「チェレスタ様ー!起きてて平気なら仕事してください!こちとら溜まってんですよ!?」
「・・・マジ?今行く!・・・行って来ます、行きたくないけど」
部下の呼ぶ声がして、チェレスタは走る・・・途中一度転んだが。
それを見たユグドラ達が笑わない訳は無かった。
マーヴェル南、クーペ川のほとり。
日は沈み、空には月が浮かんでいる・・・昨日の無慈悲にも思えた幾望は美しい満月となっていた。
川ではニーチェが気持ち良さそうに泳いでいる。
チェレスタは足を浸す程度で、膝の上で頬杖をついている。
「チェレスタは泳がないの?」
「いや、今川に入ったら絶対死ぬ気がする・・・つか死ねる・・・」
背中の傷の事を思い、チェレスタが溜息を付く。
痕・・・残るだろうな・・・、そう思うとまた溜息が。
「後悔しているのか?」
上から声がした。
声をかけたのはロズウェルだった、彼はチェレスタの隣に立つ。
突然の問いにチェレスタは戸惑う・・・後悔はしていないはずなのに。
解ってて、アサシン達へ立ち向かったはずなのに。
「情けないな・・・己の身すら守れないとはな・・・」
ロズウェルは満月を見上げる、その瞳にはどこか虚しそうで、悔しそうだった。
ニーチェが泳ぐのを止める。
情けない・・・自分にも当てはまった気がして、チェレスタは視線を自身の足へ落とす。
だが、一度閉じて開いた左の瞳が決意に輝く。
彼女は接近された時、大型の武器を持てない時に危険だからと、ユグドラに細剣を渡されていた。
細剣を鞘から抜く。
「チェレスタ・・・?」
不安そうなニーチェに彼女は軽く微笑む、そして。
長い浅葱色の髪が、夜風に舞った。
腰まであった長い髪が、今は肩程度にまで短くなっている。
突然の事に、2人は驚きを隠せずに固まる。
「王都が陥落してから、ずっと中途半端な気持ちのまま戦ってきた」
細剣を鞘へと収める。
「それが今回の事ではっきり解った、二度も暴走してるから・・・」
もう絶対、逃げたりするものか・・・!!
それぞれの決意に、満月がひらひらと揺れる。