霧の中を進め




 山賊団を討ち滅ぼした王国軍は、さらに山道を登っていく。
次第に険しくなる山道だが、
そこに追い討ちをかける様に良くない情報が斥候からもたらされた。
この山道の向こうに、帝国軍が待ち構えているというのだ。
だが、幸いにしてこちらの存在には気付いていないという。
補足狭い山道、見つかれば逃げ場は・・・無い。



BF09 レネシー山脈




 この険しいレネシー山脈も、そろそろルナミナ峠へ差掛かろうとしていた。
帝国軍に見つからぬよう、一歩、また一歩。
確実に王国軍は歩を進めていく。
だが、斥候として出ていたチェレスタが帰ってきたとき自体は一変する。
「ユグドラ様、まさかのまさかですが・・・」
王国軍が正に進軍しようとしている先に、帝国軍が待ち構えていた。
「いるいる、結構いるぜ!帝国の哨戒部隊だな・・・」
「あやつらも我々の山越えを警戒していた、といったところだろうな」
「かなりの戦力だ、まともに戦っては勝ち目は無いな」
先鋒を務めるミラノ、ロズウェル、イシーヌのそれぞれの見解が揃う。
相手は哨戒部隊とはいえど、かなりの大部隊で、中には『軍神』バルドゥスの姿さえ確認できた。
ここまで来たのに、何とかならないだろうか・・・。
王国軍に諦めムードが漂う。

「・・・ひとつだけですが」

 そんな時。

「私に策があります」

デュランがユグドラへ、己が考えを告げる。
誰もが流石、と納得する中、彼は策を講じる。
 このレネシー山脈は季節によって天候が大きく変化し、
そして、ここはもうじき霧の季節を迎えるという事。
さらにここの霧は大変深く、見通すことは難しい。
「・・・つまり、その霧に紛れてここを突破するのですね?」
ユグドラの顔が明るくなる。
だが、本当に大丈夫なのかとロザリィが聞き返す。
「けども、帝国軍にとってレネシー山脈はなじみが薄く、霧の事も王国の一部の人しか知りません」
元々このレネシー山脈は大変険しく、街道としては発達していない。
故に知名度が低いだけに、この天候の事を知っている人も少ないのだ。
きっと大丈夫です、チェレスタがそう微笑み返す。
 霧が出るまでにはまだ時間がある、王国軍にとってちょっとした小休止の時間となった。
戦い慣れないユグドラやニーチェ、ロザリィなんかは既にクタクタになっていた。
王国軍に、しばらくぶりの和やかな時間が流れる。


 あれから数刻、レネシー山脈一体を濃霧が包んだ
周囲はほとんど何も見えず、かろうじて隣の人がわかる程度だ。
「すげぇな・・・こんな深い霧は初めて見るぜ」
あまりの霧の濃さに、ミラノが感嘆する。
「チェレスタ、帝国に動きは?」
彼女のマインドチェンジが敵の思念を探り、敵はさらに守りを固めた事を伝える。
今がチャンスとばかりに、王国軍は進軍を始める。
「残念だけど・・・ヤツらとあたしらのの戦力差は圧倒的ね・・・」
そんな状況で敵に見つかれば、まず勝ち目は無い。
「いいか、絶対にヤツらに気づかれてはならない!」
イシーヌの静かな号令が、より一層緊張感を高める。
レネシー山脈はもう少しで最大の難所、ルナミナ峠を迎える。

 王国軍は途中、レネシー炭鉱に立ち寄った。
そしてそこで、知っている人間ならば気になる話を聞いた。
と、いうのも。
この先に人も住めないような火山地帯があり、そこに敢えて暮らしている人間がいるらしい。
そこに住んでいるのは元、王国に仕えていた人間で、
かなりの地位に居た人間だともいう。

その名を、ブライ。

「・・・デュラン様、どうなされました?」
名前を聞いて驚くデュランを、チェレスタが心配する。
彼女の声で我に返ると、彼は何でも無いと首を振り、またいつもの表情に戻った。
 レネシー炭鉱の住民が王国軍の味方だった事もあり、彼女等は無事この地域を脱出した。
霧が晴れる前に、この地を離れなければならない。
王国軍はこの先の進路を相談し始めた。
そして、ミラノが炭鉱で火山地帯があるという事を思い出す。
「火山地帯って・・・どうするデュラン?」
「帝国軍を撒くのが目的ならば、かえって好都合かも知れぬぞ」
ロズウェルは火山地帯突破に賛成のようだが、ユグドラは戸惑っている。
危険な所ではないのだろうか、それに自軍にはウンディーネの部隊だってある。
 ここでずっと黙っていたデュランが口を開いた。
「・・・もし先程の住民の言った事が本当であれば」
彼はさっき出てきたブライと言う人間が、先々代の王家に仕えた軍師ブライではないかと考える。
「政治力に富み、軍略も確か、王国史の中でも飛び抜けて傑出してた軍師と聞いてますが・・・」
チェレスタが知っていることを話すも、その先を話すのをためらう。
それを知ってか知らぬか見て見ぬか、仲間達は話を続ける。
「けど、そんな偉い人ならなんでこんなトコにいるのかしら?」
「クビになっちゃったのかなぁ・・・」
デュランもそればかりはわからないと返す。
それに、例え生きていたとしてもかなりの高齢だ。
しかしユグドラは、彼が自軍の力になってもらえないかと話す。
ブライが仲間になれば、これほど心強いことはない。
「でもよ、そいつ王国がこんな状態になった事知ってんだろ?」
知ってて動かなかったのには、何か理由があるのかも知れない。
だが、偏狭に居た為偶然気づかなかった可能性だってある。
今の彼女等に、その真意を確かめる術は無い。
さらに、彼が帝国に捕縛されてもこちらが不利になるばかり。
パルティナ解放の為には是非、力を貸して貰いたい所。
 王国軍は次の進路を、ルナミナ峠ではなく火山地帯に決めた。