主婦・・・?




 レネシー山脈の奥地には、彼の名将として名高い軍師ブライが住んでいるという。
パルティナ解放に向け、軍師ブライの力を借りるべく、
王国軍は密かにレネシー山脈の奥地へと進軍する。
しかし、あと少しというところで帝国軍に発見されてしまうのだった。



BF10 レネシー山脈山道




 レネシー山脈一帯を覆っていた霧が晴れた頃、
王国軍は火山地帯へ続く山道を進軍していた。
「すごいにおいがするわ、それにとても暑い・・・」
「こりゃちょっと難儀な場所だが・・・」
火山地帯特有の暑さと硫黄臭が立ち込める。
誰も体験したことの無い気候に、王国軍の士気は下がりっぱなしであった。
・・・ただ1人を除けば。
「チェレスタ・・・お前どうしてそこまでピンピンしている!?」
元来ウンディーネは暑さに弱い、イシーヌが恨めしそうにチェレスタを見ていた。
本人曰く寒いのはダメだが、暑いのは平気とか・・・。
それでも硫黄の臭いは辛いのか、終始苦笑いだった。

 とりあえず軍師ブライの居場所に関する情報が欲しい、デュランがそう言った時だった。
「ちょ、ちょっとデュラン!あれ・・・帝国軍じゃないかしら?」
ロザリィが叫ぶ。
王国軍斥候とミラノの子分の話によると、軍神と謳われるバルドゥスの部隊と言う事が判明した。
「そんな・・・ようやくここまで辿り着いたのに・・・」
「ユグドラ様、敵部隊来ます!」
細い山道、王国軍は帝国軍と否応無しにぶつかる事になった。


 相手は軍神バルドゥス、守る事に関しては帝国随一の男。
王国軍は苦戦を余儀なくされた。
敵味方を分かつ1本の川、そこを中心にウンディーネ部隊が善戦を見せる。
「ニーチェ、暑いけど頑張るよー!!」
「例え火山だろうと・・・水辺で我々が負けるはずが無い!!」
それに魅せられてか、負けじと王国兵が段々と士気を取り戻す。
 だが、それでもバルドゥスの部隊は崩せない。
1人、また1人と兵が倒れて行く。
「聖なる森の心優しき半獣の乙女・・・その大いなる慈悲、我らに!」
神聖系回復魔術・サンクチュアリをロザリィが発動する。
そのお陰で致命傷にはならぬものの、完全に回復するまでには至らない。
人数が多すぎるのだ。
このままではみんなやられてしまう・・・何とかしないと!
次第に焦り始めるユグドラ。
それに気がついたミラノが彼女を止めるが、止まらない。
青い瞳が涙で潤み始めた。


「あなたたち、こんな辺境でケンカですの?いけませんわ〜」


 突然、この場にそぐわなさすぎる、穏やかな声がした。
王国軍の背後にいつの間にか、見た所民間人のような女性が立っていたのだ。
帝国軍の耳にはそれが届いていないらしく、誰かいると気がついたのは王国軍だけであった。
「ケ、ケンカだと!?見りゃ分かるだろ、戦争だ!」
ミラノが訂正するが、イマイチ説得力が無い。 「君まさか一般人・・・!?に、逃げてください危険すぎます!!」
「そこのオバチャン、危ないよ!早く逃げて!!でないと帝国軍に殺されちゃうよ!」
前線に居たはずのチェレスタとニーチェが声をかける。
それほどまでに前線が後退していたのだ、後が無くなる王国軍。
「・・・帝国軍?」
ニーチェの言葉を聞いてか、彼女は相手を理解して、自分が話しかけたのも誰かを理解したようだ。
「っていうことは・・・では貴方がたは王国の方ですのね?」
それならそうと早くおっしゃってくださいな〜、ほわほわした口調で彼女が続ける。
どこか王国軍を客人としてもてなすような態度だ。
「何か調子の狂うオバサンだぜ・・・」
「・・・オバサン?」
ミラノの軽口に女性が反応した。
「失礼ね!あたくしにもミステールというちゃんとした名前がありますのよ、以後気をつけること!いいですわね?」
「み、ミラノ様!何怒らせてんですか!す、すみませんミステール様!」
ミステールと名乗った女性はそれだけ忠告すると、すぐに機嫌を直した。
どうやらチェレスタが気に入ったのだろうか、彼女に向かって微笑んでいる。
「口が過ぎたようだな、ミラノ殿?初対面の相手・・・それもご婦人に対してそれは失礼だろう」
この状況の中、ロズウェルがミラノを窘めていた。
そこにまた、何に反応したのかミステールが喰らいつく。
「あ〜らご婦人だなんて、も〜イヤだわ〜!ちゃんとミステールって呼んでくださいな♪」
「・・・ともかく逃げた方が良い、ここにいては危険だ」
「まぁ、見事にスルーしましたわね・・・いいですわ、でも、あたくし諦めませんわよ?」
何をだ!!
王国軍一同が心の中でツっこんでいた。
アイツ、性格はアレでも顔はいいからな・・・。
少し離れた所でロザリィが呆れ、溜息をついていた。

「ええい、何を和んでいる!敵はすぐそこに来ているのだぞ!」
この状況を見かねたイシーヌが、前線から戻ってきていた。
そこでようやく、今のやりとりをちょっと楽しんでいたユグドラが我に返った。
「と、とにかくここに居ては危険なんです!早くここから・・・」
はいはい、とミステールは妙に落ち着いた態度で話す。
「では皆さん、落ち着いてあそこまで移動してくださいな、きっとお爺様がかくまってくださるわ」
そう言って彼女は、少し先に進んだポイントを指差す。
そこは他の道よりも特別道が細くなっており、両端は上が崖になっている。
もしここを塞がれでもしたら・・・。
「しかし・・・ミステール殿、本当に大丈夫なので・・・」
先行きを少し不安に思ったデュランが、ミステールに話しかける。
だがそれもまた、遮られた。
「あらステキな騎士様ね、あなた、お名前は?」
突然の質問に戸惑うものの、デュランは名乗る。
彼女は微笑むと、
「・・・戦場できちんと名乗れるのは豪胆な証拠、安心してついていらっしゃいな」
「!」
デュランは、何かを見透かされた様な感覚を覚えた。
この人は一体・・・。

 ミラノとチェレスタの部隊が殿をつとめ、王国軍は全部隊移動を完了した。
「ミステールさん、みんな辿り着いたわ!」
全部隊の到着を確認したユグドラが叫ぶ。
はいは〜い、とミステールが少し離れたところで了解の合図代わりに手を振っていた。

「それでは行きますわよ〜・・・さん、にい、いち、それっ!」

 合図と共に崖が崩れ、山道を完全に塞いでしまった。
「申し訳ありませんけど、ここはお通しできませんわ・・・他を当たってくださいな♪」
帝国軍にそれだけ告げ、ミステールはひらり、と王国軍の方へ消えた。
「さてと、これであの方たちはしばらくここを通れませんわ」
ミステールは王国軍に向かい微笑む。
「こんな仕掛けがあるとは・・・あなたは一体?」
デュランがミステールに向かって問いかける。
彼女自身は自分をただの専業主婦と言い、あれを仕掛けたのは自分ではない事を説明した。
「だけど、この後どうするんだ?きっとこのままじゃ済まないぜ?」
かつて、似たようなトラップを使ったことのあるミラノが言う。
あくまでこれは時間稼ぎにしかならない。
帝国軍は間違い無く、別の道を見つけ追ってくるだろう。
「・・・そうですわね、とりあえずあたくしたちの村に案内しますわ」
ミステールは言う。
「ですが、これ以上ご迷惑をおかけするわけには・・・」
「大丈夫・・・もう充分巻き込まれてしまいましたもの♪」
ユグドラの不安を、彼女は笑う。
それにこの事を祖父にも知らせなければならない、と言う。
「ミステールさん、お爺ちゃんがいるの?」
ニーチェの何気ない問いで、デュランがある事に気が付いた。
「失礼ですが、もしやあなたのお爺様はブライ殿では・・・?」
祖父の名前を言い当てられ、ミステールが驚く。
「・・・隠居生活が長いので、もう忘れられた存在だと思ってましたわ」
ユグドラが、自分達はブライを探していた事を告げる。
それを聞いたミステールは、祖父の所へ案内すると言った。
「ただ、彼、かなりの偏屈者ですの・・・何かあっても気を悪くなさらないでくださいね?」
ユグドラは訳がわからず首をかしげた。

 ブライの元へ向かう道中、ミステールはその世間知らずぶりをいかんなく発揮していた。
ユグドラの衣装や、ロザリィの帽子に興味が行ったり、
ニーチェやイシーヌのようなウンディーネの下半身を『お魚部分』と言ってみたり、
こんな展開もスリルがあると言って、ミラノに本気で心配されたり。
 ただ、チェレスタの顔の右半分に巻かれた包帯をミステールが取ろうとした時、
彼女が異常なまでに拒否した事が、デュランとロズウェル、2人の中に引っかかっていた。



「まさか、このような仕掛けを用意していたとは・・・このような手口かつてどこかで・・・ふっ、まさかな・・・」