勝利への紅蓮


 王国軍の出方を、敵将バルドゥスは不審に思っていた。
これだけ追い詰めておきながらも、一行に反撃しようとしない。
だが、彼にとっては又とない機会・・・迷う事は無かった。

 バルドゥスが執拗に攻撃を続けようと、王国軍は動かない。
ブライの言葉を信じ、ただ防御に徹するのみ・・・。
だが、急にチェレスタが何かに気付いて凍る、まるで怯えるかのように。
それに気付いたデュランが声をかける。
否定したくとも、否定できない恐怖が彼女を捕らえる。
「・・・が・・・ます」
「チェレスタ、どうした・・・まさか!」
彼女が伝えようとしている事にデュランは気付いた。
肌は魔力を感じ、耳は声と足音、武器を構える音を聴く。

「敵の増援が来ます、数2!アイギナ隊、レシュテ隊です!!」

 軍全体へ聞こえる様に、あらん限りの声で叫ぶ。
程なくして、背後から帝国軍別部隊が現れる・・・包囲される王国軍。
「あのオッサンだけでもヤバいのに、また厄介なヤツが現れたな・・・」
突然の敵増援に、王国軍は動揺する。
「とうとう追い詰めたぞ・・・王国軍!」
「敵さんは動揺している、バルドゥス殿の部隊と袋叩きにしちまいな!」
彼女らのの声を合図に、帝国軍は王行軍殲滅へ一気に動き出す。
三方向からの襲撃、と手堅く攻める帝国軍。
 だが芸は無い、硬すぎてつまらないとブライは言ってのけた。
動揺が広がる中で、彼1人が妙に落ち着いていた。
そして彼は作戦変更を告げる、非常時に備えた手立てがあると言う。
「ただし、この手に二度目は無い、必ず成功させなければならん」
ブライはまずはここへ移動しろ、とあるポイントを指す。
「あ、あれ・・・この先?」
「ブライ殿、この先は行き止まりだ!一網打尽にされる!」
焦ったイシーヌはブライに食って掛かる。
彼が指し示したポイントは火山のふもと、丁度袋小路になっていて行き止まりであった。
「まぁ最後まで聞きなさい」
ブライは他にも何か言いたげな面々をなだめる様に続ける。
ここは見ての通りの火山地帯で、刻の変わり目に変化が起こるという。
そして、上手く刻を稼げれば・・・事は万事順調に進むと。
 その言葉を信じて移動を始める王国軍、敵はまだこの事に気がついていない。
ただ、ミラノはイマイチ、未だブライの事を不審に思っていた。
「実際、さ・・・どうなんだ、あの爺さん信用しても良いのか?」
「ブライと言えば、歴史の書にも記されているくらい高名な人物よ」
「自ら兵法書を記す程だからな、兵法に関して右に出る者は恐らく居ないだろうな」
ブライを信じきれないミラノにロザリィが答え、ロズウェルが続ける。
「他に手も無いですし・・・僕は信じても良いと思いますよ、ミラノ様?」
「仕方ねぇなぁ・・・帝国の連中に一泡吹かせられるなら、それで良しとするか!」


 王国軍が指定されたポイントに辿り着き、しばらく・・・刻はそろそろ夜になろうとしていた。
刻の変わり目に起きる変化、それを信じて彼らは耐え続ける。
「お爺ちゃん、ニーチェそろそろ・・・」
辛そうなニーチェが音を上げ始める。
そんな時、地震か否か急に地面が揺れ始めた。
「そろそろ始まるぞ・・・」
周囲の気温が一気に上がり、さらに強くなる地響き。
帝国軍の丁度真下から溶岩が吹き荒れる。

 火山の噴火が起きたのだ。

「な、何が起こったのだ!?」
「火山の噴火だと・・・マジかよ!」
突然の出来事に帝国軍は大混乱に陥る。
「皆の者!取り乱してはいかん!体勢を立て直すのだ!」
バルドゥスの制止も効かず、帝国軍の守りはあっさりと崩れた。
「・・・バルドゥス、お主も老いたな、地の利も理解せずに進撃するとは」
帝国軍の混乱が続く中、ブライはバルドゥスへと話しかける。
どうやら敵同士としては旧知の間柄らしく、因縁の相手でもあるらしい。
ブライが今回の戦いに手を貸したのは、今まで破る事の叶わなかった相手に決着を付ける為。
そして彼は王国軍へ、自分へ最後の白星を授けてくれ・・・とだけ言って引き下がった。
・・・『3人』に合図を残して。
 それを確認し、チェレスタは溶岩を器用避けて敵陣中央へ突っ込んで行く。
「夢見のルビナの言の葉・・・奔放にして気まぐれな妖精よ、汝の水晶を以ってこの世界を示せ」
魔術詠唱を開始しつつもさらに走る、同時に敵味方両方から魔力の集まりを感じた。
それでもただ勝利を信じ、指定された場所へと辿り着くと、
「雲を裂き、閃光となりて応えよ・・・逃がすか!」
「水晶に映るは雄々しき大地、今一時、果て無き砂塵の夢を見る!」
彼女の低下系魔術・ミラージュが火山地帯の荒野を砂漠に変える。
同時に、レシュテの放ったサンダーボルトが彼女を貫く。
それでもチェレスタは怯まない。
「・・・ロザリィ様、急いで下さい!」
遠く、魔術詠唱を終えたロザリィがクスリと笑う。
「任せなさい!・・・これはどうかしら!」
直後に発動するはサンドストーム、得意魔術を逆に撃たれたレシュテが面食らった。
そしてロザリィはちら、と横目で隣に居た人物を見る。
ロズウェルもまた無言で頷くと、スタンバイさせていた魔術を発動させた。
発動したのはフレイム・・・サンドストームに絡まり、紅蓮の竜巻が帝国軍を襲う。
この複合魔術の前に帝国軍は為す術無く、完膚なきまでに叩きのめされ撤退せざるを得なくなった。


 王国軍は撤退する帝国軍を追撃せずに、その場に留まった。
誰もがブライの軍師としての力に感嘆するが、同時に。
「だけど、あの爺さんが言った一言が気になるぜ・・・」
「確か、最後の白星と言っていたな・・・もう戦争に加担する気は無いのではないか?」
不安がよぎっていく。
それについては、ユグドラが直接ブライと話をする事になった。
 待機中は敵の追撃を心配しなくても良い事から、王国軍には束の間の休息を取っていた。
チェレスタはサンダーボルト直撃の影響で思う様に動けず、ただその様子を眺めているだけ。
けれども安心しきった所為か、小声ではあったが気付けば歌っていた(ただ、途中でやめてしまったが)。
それに気付いたニーチェが楽しそうに、続きを催促する。
力強くも優しく、ただ人を想う様な歌。
「・・・どうしたデュラン殿、浮かない顔をしているが?」
誰もがチェレスタの歌に聞惚れる中、彼だけはどこか寂しそうだった。
不思議に思ったイシーヌが声をかける。
「あれだけの才能があれば、チェレスタは軍以外にも居場所があった・・・そう思いましてね」
彼女がレシュテに憧れて、自らの意思で軍に入ることを決めたのは知っていても。
自分が軍に引き込んだようなものだ、と彼は言う。
レシュテが一時期王国軍に潜んでいた所為か、チェレスタと彼の間には面識があったのだ。
デュランは静かに首を振った。
「ならば、私も似た様なものだな・・・」
そう言ったイシーヌの瞳の先に、無邪気に笑うニーチェがいた・・・。

 それから少しして、対談を終えたユグドラが皆に告げた。
ブライはやはり、共に来ることは出来ない・・・と。
そして彼女はそこで話を終え、多くは語らなかった。
 明朝、王国軍は出発の準備を終え、最後の挨拶を交わしていた。 「行きなさるか、では、道中ご無事でな」
それぞれが世話になった事への感謝と、迷惑をかけた事の謝罪を述べる。
「では、お爺様、行って参りますわ♪」
突然、ミステールが愛用の鎌を手にブライへ微笑んでいる。
これから何処へ行こうと云うのか、皆が不思議に思う。
彼女はそれを見て、王国軍へと微笑んだ。

「決まってますわ、あたくしも解放軍に参加いたしますのよ」

まさかの発言、呆気に取られる一同。
彼女は生活面の世話をする者も必要だろう、とにかく役に立ちたいと言う。
戸惑う王国軍だが、ブライは力になるだろう、と同行を進めている。
少々世間知らずなところもある、と付け加えていたが。
ユグドラはミステールの同行を認め、王国軍に新たな仲間が加わった。
ブライは祖父ではなく、軍師として彼女に言う。
「ミステールよ・・・その目でしかと王国の行く末を確かめて来るのじゃ、頼んだぞ」
彼女は力強く頷き、任せて、そう言った。
それを聞いたブライの目が今度は、祖父としてのものに戻る。

「それから、また他所で変な男に引っかからないようにな」

ミステールは真っ赤になり、ブライに食ってかかる。
どうやら彼女にとって、それは極秘事項だったらしい。
「も、もう!お爺様のことなんか知りませんわ!」
ミラノが後ろで力無く笑っていた。
そして王国軍は火山地帯を後にした。


 次に目指すはフラム穀倉地帯。
ここを突破できれば・・・パルティナは目と鼻の先。