成功率0.6%、死亡率100%の魔術
数秒、その場にいた誰もが驚愕した。
通常は聞かない詠唱文の後、心理系魔術・エースガードが発動。
斃れたとの確信は裏切られて、死を覚悟した者達もまた裏切られた。
それぞれ悪い方に、良い方に。
チェレスタは何となくではあるが、別の者の気配を感じ取っていた。
多分王国軍の誰でも良い、それぞれの部隊のヘッドの暗殺が任務だったのだろう。
かすかに物音が大きくなる・・・逃げられる!
「逃がすか・・・QUESA!」
再び膨大な量の魔力が彼女に集まり、サンダーボルトを放つ。
密かに逃亡する事が叶わないと知ったのか、彼は姿を現した。
チェレスタの表情が一層、厳しくなる。
「命の危機を賭してまで私を引きずり出しますか・・・流石、流石」
右腕の大爪、左手のボウガン・・・。
フォルテがヴァルキリー、ハンターを引き連れて現れたのだ。
「おいおいおい、何しくじってんだ!」
「すみません、レオン将軍・・・何せ直接詠唱(ダイレクト・キャスト)を使われたもので」
ああは言っているものの、レオン自身がフォルテを信用していないのか、大して咎める様子も無い。
そしてフォルテも又、眼鏡の奥の瞳が笑っているようで・・・読む事が出来ない。
ただ、魔導師で無い所為かは定かではないが、聞き慣れない単語にレオンの動きが止まる。
「・・・敵は馬鹿ってことですよ」
フォルテはそれだけ言うと、真っ直ぐにデュランの方へ向かう。
一合、二合、その間のレオンの接近をチェレスタが止める。
さらに轟音が響き、帝国軍への砲撃が続く。
砲撃の音で正気に返った王国軍は、チャンスとばかりに反撃に転じた。
「任務は王国軍を混乱させる事・・・なら騎士隊長殿は諦めるとしますか」
情勢を感じ、フォルテが標的を変える。
この状況、一番倒しやすいのは誰か・・・砲撃を受け続けた人?連戦で疲弊した人?
魔導師であり、暗殺者である彼には解っていた、魔術の連発でチェレスタが最も疲弊し、殺し易いのだと。
彼は暗殺者ではあるが、同時に魔導師・・・それも地術師でもある。
アサシン達が夜の闇に紛れるのであれば、彼は陽の光に紛れて殺す。
「無情な陽の光が生む狂気・・・爪が魂を・・・血を望んでいる」
フォルテのブラッディクローは昼にこそ、その真価を発揮する。
その大爪が、眼がチェレスタを狙う。
「ダメーーーーっ!!」
とっさに、誰かが2人の間に割って入り、フォルテを押し返す。
「チェレスタは・・・ニーチェが護るんだから!」
そう、チェレスタの危機を感じた彼女は、考える間も無く・・・咄嗟に。
意外な人物に技を破られ、フォルテの顔が歪む。
「・・・弱小国の死に損ない風情が・・・邪魔してくれますね!」
「女王様の事悪く言う人も、チェレスタの事虐める人もニーチェがやっつけるんだから!」
ニーチェは自身の珊瑚色の槍を構え、怖気付くこと無くフォルテへ立ち向かう。
暗殺者の恐ろしさを知らぬが故の無謀か・・・否!
本気で護りたい人が居るからこその、勇気。
彼女のその言葉で火が付いたのか、他の王国軍兵士達も鬨を上げて帝国軍へぶつかる。
状況は五分と思われたが、砲台は既にこちらに落ちている。
砲撃は帝国軍全体を揺らし、その士気すら奪う。
さらに、王国軍には新しい仲間もいる。
「・・・今こそ、暗雲の帳を引き裂けぇ!」
ミステールのオブリヴィアスドーンが発動する。
ウォーロックのチェレスタ程ではないものの、ミステールも又、低下系魔術を得意とする。
「愛する者を護る為矢面に・・・あたくしも負けていられませんわ♪」
タクティシャンとして、彼女は戦場を引っ掻き回す。
フォルテもまた例外でなくて、一瞬の隙が生まれた。
「やぁーっ!!」
ニーチェの槍がフォルテの左腕を狙い、負傷させる。
傷はそれ程深くは無いのだが、感覚が鈍る・・・思う様に動けない。
「珊瑚・・・麻痺毒ですか・・・ッ」
エンベリア地方に自生する珊瑚には、毒が含まれているという。
体内に入ろうものなら、死亡は無いが体の自由を奪う麻痺毒が・・・。
フォルテの負傷に、奪われた砲台からの砲撃。
帝国軍兵士が、どうにもならないとレオンに話した。
「おのれ・・・王国の残党どもが・・・仕方ねぇ・・・後退だ、退けーっ!」
レオン部隊、フォルテ部隊が後退。
後は王都の南側のみ、敵の戦力が揃いきる前にこちらも態勢を立て直す。
ミラノは先程のグリフライダーの少女を、ユグドラに紹介していた。
「紹介するぜ、コイツはキリエ。オレの幼馴染だ」
キリエと呼ばれた彼女は、どこか敵意を持った瞳でユグドラを見つめている。
ユグドラがよろしく、と出した手を勢いよく振り払った。
「・・・ウチは王国の人間は嫌いよ」
突然の事に戸惑うユグドラ、隣にいたチェレスタが制止するより早く彼女は言葉を続ける。
以前にもユグドラを助けたことがあるらしいのだが、今回もその時も、
助けたのはミラノの為であってユグドラの為ではないと言い切る。
「王国の・・・王宮に住んでる人なんて信用できるわけないじゃない!」
自分と自分の国のことばかりを考え、人の痛みも苦しみも知らないと。
ミラノとユグドラが交わした約束も守る訳ない、騙されているとキリエは言い張る。
「キリエ、あのなあ・・・」
呆れに若干怒りが混じったような声色で、ミラノがキリエを止めようとする。
ユグドラの表情が沈んでいくのが、誰の目にもすぐわかった。
「それに銀瞳のアンタ!」
キリエは今度はチェレスタの方を向き、声を荒げる。
「銀の瞳を持ってるって事は『守護者』様なんでしょ?アンタも騙されちゃってんだよ!」
守護者・・・?
聞いた事の無い言葉に戸惑うチェレスタ。
「とにかく、ミラノに何かあったら絶対許さないから!いこ、アル!」
結局、キリエは怒った様子のまま嵐のように去っていった。
残された3人が呆然となる。
ミラノは「いつもはああじゃない」と、弁護するものの、
ユグドラもチェレスタも、何が何だかわからずぼうっとしてた。
「それより、さっきの『守護者』ってのは一体・・・」
そんなユグドラを引き戻すかのように、ミラノは問いかける。
彼女が答えようとした時だった。
乾いた、派手な打音が辺りに響き渡った。
その音は周辺にいたもの全てが聞いていた様で、報告等でざわついていたのが一瞬で静まる。
音がした方では、無言のロザリィと左頬を押さえたチェレスタが立っていた。
思いっきり叩かれた所為か、左頬が赤く腫れ始めている。
状況を飲み込み始めた者達が、次第にざわついてきた。
「・・・何故使ったの?」
ロザリィの声は、感情が読み取れない程落ち着いている。
当のチェレスタは、何の事か・・・どの事か・・・整理が付かずに立ち尽くす。
押さえた左頬が痛み始めた。
「何で使ったのって聞いてるのよ!直接詠唱を、しかも2度も!!」
中々答えられないチェレスタに、苛ついたロザリィの声が大きくなる。
何をしたかを言われ、彼女もまた問われていることを理解した。
「ですが、使わなければ一体どれだけの人が死んでいたと!?」
姿無きアサシンの恐怖を知らないからそんなことが・・・っ!!
次第に2人の会話は口論となる。
止めなければならない、と理解はしている。
だが、魔術を専攻していない者達にとっては、会話の内容が今ひとつ掴めないのだ。
誰にも止められない、その内業を煮やしたロザリィが再び手を上げる。
「いい加減、落ち着いたらどうだ?」
だが、その腕を掴み、ロズウェルが2人の間に割り込んだ。
周囲の状況を理解してか、2人の口論も完全に止まった。
「・・・落ち着いた所申し訳ありませんが、その・・・直接詠唱とは?」
誰もが思ったであろう疑問を、デュランは投げかける。
説明するの忘れてた・・・、そう言わんばかりに困り顔のロザリィ。
チェレスタは変わらず俯いたまま。
「直接詠唱(ダイレクト・キャスト)・・・最も手っ取り早く、最も危険な詠唱法・・・と言うべきかな」
2人に代わってロズウェルが答えた。
それは最も単純で危険な詠唱・・・何せ魔力を集めて叫ぶだけなのだから。
通常の魔術は、詠唱を始めて発動する術に合わせて魔力を収集、自身の魔力系統によって威力が変わるというものだ。
だが直接詠唱から発動する魔術は、相当の短時間で発動出来、尚且つ収集した魔力の量によって威力が変動する。
発動の最低条件として、発動する術がどんなものであるか熟知していること、
そして、発動する術の名前の神聖語訳を知っている事が必須である。
「では・・・あの時の聞き慣れない言葉が直接詠唱の詠唱部分だったというのか?」
GLASDENN GURANDEEに、QUESA・・・魔導の路を専攻する者にとっては聞きなれた言葉。
イシーヌの問いを肯定し、彼は続ける。
確かに直接詠唱は便利だし、詠唱文から何を発動されるか察知される事も無いが・・・その分のデメリットも大きい。
直接詠唱で発動する際、必要な魔力は通常の倍以上にもなる。
それを一瞬で集めなければならない為、体が膨大な魔力に耐え切れなくなったり、
逆に必要量に足りず、自身の生命力で購うこともあるという。
「記録上ではどの魔術であれ、直接詠唱の成功率は0.6%、死亡率は・・・100%なのよ」
けれどもチェレスタは、それをやってのけたのだ・・・しかも2度も。
彼女が怒るのも無理は無かった。
「だが・・・あくまで記録上の話だろう?」
その言葉に反応したロザリィは、ロズウェルに食って掛かる。
ミステールは、それをどこか楽しそうに眺めていた。
まだ、ばつが悪そうに下を向いているチェレスタに、ユグドラは近づく。
そして今回、多くの仲間を護ってくれたことを感謝する・・・と、それと同時に。
「貴女の命はもう、貴女のものだけじゃない・・・わかって、チェレスタ」
その言葉に、泣きそうになる。
チェレスタは、無言でユグドラの元に跪いた。
今、自分が生きているのはこの人の為・・・。
死ぬわけには、いかない。
その後、チェレスタは罰ゲーム代わりに、と
ひたすら食って掛かるロザリィと、それをひらりひらりと流して行くロズウェルの仲裁を命じられていた。
「・・・姫様、流石にあの2人相手では・・・少々骨が折れるかと」
「いいのよデュラン、皆を心配させたんだから・・・これくらいは、ね?」
残るは王都パルティナ南側。
近付く帝国軍本隊と、態勢を立て直しつつある王国軍。
決戦の刻はもうすぐ・・・。