未だ復讐に駆られる心
マルドゥークの森を抜けた王国軍はロスト・アリエスの入り口・・・嘆きの谷へと差し掛かっていた。
谷は両側に切り立った崖のそびえる狭く険しい地形で、まさにに天然の要害と呼べる場所であった。
だが、手狭な地形が影響したのか、物見の報告によると、嘆きの谷に配備された帝国軍の手勢はわずか。
一気に勝敗を決するべく、王国軍は谷へとなだれ込んで行く。
BF23 嘆きの谷
嘆きの谷の警備自体は結構手薄で、今の戦力ならば簡単に突き崩せそうだった。
森にはかなりの数の警備が居た・・・それで安心しきってしまったのだろう。
警備兵は王国軍の奇襲に気付き、敵襲と叫ぶ。
「今更何を・・・遅すぎますよ」
「大した数ではない、一気に蹴散らすぞ!」
チェレスタとデュランは叫び、扇動する。
一気になだれ込んできた王国軍の前に、警備兵達は何も出来なかった。
抵抗するも、その戦力差にあっけなくやられてしまったのだ。
「あららららら?ウソみたいに貧弱だわね〜」
パメラがあまりのあっけなさに驚く。
気のせいだろ、とミラノが返すが・・・チェレスタはどこか不安だった。
デュランやラッセルに相談しようか、そう思ったときだった。
「ハーッハッハッハ!待ちくたびれたぞ、小僧!」
目の前に現れる黒い軍、帝国軍レオン部隊。
先行していたミラノ・クルスの隊が引っかかってしまったらしい。
彼らの罠に見事綺麗、いっそ清々しいまでに。
だが、驚いている余裕は無い・・・さらに伏兵は潜んでいたのだ。
「チェレスタ、後方にも敵兵よ!多分あれは・・・ジルヴァの特殊部隊ね」
後方に居たロザリィが慌てて駆けて来たのだ。
後方は今、ウンディーネ隊・魔導隊が防衛していると言う。
「挟撃!?手薄な警備はやトラップだったと云うの!?」
前にはレオン、後ろにはジルヴァ・・・帝国の猛者に挟まれたこの状況、如何に突破するか。
さらに、チェレスタの中で焦心と共に憎悪が再燃する。
殺したいほど憎い奴がすぐそこにいるのに。
自分を逃がす為、散って逝った仲間を思い出す。
理性が立場を、感情が憎悪を増徴させる・・・眩暈がしてきた。
ァィツガ近クデ笑ッティルノニ
マタ何モ出来ズニ笑ワセテルダケシカ出来ナィノ?
「ミラノ殿、クルス殿に後退するように伝えろ!まずは後ろの敵から叩く!」
戦場に響く声がチェレスタを現実に引き戻した。
後方の防衛に回るべく、兵士達がひたすら走る。
「お前が動揺すれば、お前を慕う兵達の士気も下がる・・・チェレスタ、お前はもう『上に立つ者』なのだ」
デュランはそう言って、呆然とする彼女の頭を軽く叩いた。
そして自身も後方の防衛に向かっていった、チェレスタを残して。
「・・・僕と近衛隊で2人の後退を援護します、前線に注意しつつ後方の防衛・迎撃に集中を!」
チェレスタは自分を取り戻し、ミステールと共にミラノ・クルスの援護に向かった。
「へぇ、流石だな・・・チェレスタ殿」
この場合はデュラン殿も・・・か、それを見ていたラッセルが1人納得していた。
2人が前線に到着すると同時、ミラノ・クルスと合流する事が出来た。
だが、レオンの部隊はすぐ傍まで迫っていた。
さらに一緒に潜んでいたのだろう、エミリオの部隊まで迫っていたのだ。
地から、空から追われる王国軍。
必死で後退するも、歩兵と騎兵・飛翔兵では機動力が違いすぎる。
追いつかれる・・・!
そう、思ったときだった。
いきなり、レオンのすぐ前を矢が掠めて行ったのだ。
「あんな所から矢が飛んで来るとは・・・何者だ!?」
方角からして王国軍ではない、では誰が?
辺りを見回してみると、崖に帝国兵が独り立ち尽くしていた。
クラスはアサシン・・・どうやら彼女が矢を放ったのだろう・・・そして、当てられなかった。
「貴様か、エレナ・・・何のマネだか知らんが次はちゃんと真ん中を狙うんだな!」
レオンは崖の上のアサシン、エレナと呼んだ少女に向かって叫ぶ。
さらにその近くに居るであろうジルヴァに、掟に従い好きにして構わないと命令を下す。
「さあ・・・面白くなって来たぜ、貴様らの命を頂戴する日ももうすぐだ・・・」
彼は王国軍の方へ向き直ると、贖罪の門で待ってると告げる。
そして、渋るエミリオと共に無視して撤退してしまった。
「黒騎士のヤツ・・・オレたちをいたぶるために挟み撃ちしやがったのか?」
「さぁね、どっちにしろ気に入らないヤツさ」
ミラノとクルスはそれぞれ、走りながら悪態をつく。
ミステールがなだめるも、あまり効果は無さそうだった。
帝国兵の裏切りが発生してからすぐ、チェレスタ達の姿が見えた。
防衛の前線に立っていたデュラン・ラッセルに代わり、ロズウェルが敵兵の裏切り発生を知らせた。
「帝国兵が独り孤立しているようだ・・・攻撃を仕掛けるなら今だと思うが?」
聞けば防衛の方は序盤で敵の裏切りが発生し、指示さえあればすぐに敵陣へ攻撃出来るという。
さらに、裏切り者はレオンの妹だという情報も入った。
迷う事は無い。
「今は少しでも情報が欲しい、特殊部隊を蹴散らして離反者の救援に向かいます、何か情報が得られるかも・・・ですから」
チェレスタの指示は全軍に行き渡り、同時に王国軍は特殊部隊へ突撃をかける。
そして、幸運な事に『彼女』が手を貸してくれた。
何故かは分からない・・・だが、協力してくれたという事実が、嬉しかった。
「そこのやつら!大勢で1人を襲うなんて卑怯だよ!」
ミラノはキリエの名を叫び、その1人を助けてくれと彼女に頼む。
キリエもそれを承諾、エレナをアルの背に乗せて王国軍側へと舞い降りた。
戦場は片方に味方が固まり、もう片方に敵が固まっている。
こうなるともう、魔導隊の独断場である。
広範囲に炸裂する魔術を中心に発動、一瞬の内に帝国兵を蹴散らした。
「・・・不覚っ」
それこそ、魔術同士の巻き込みでジルヴァを撤退させるほどに。
「凄い・・・」
「どぉ?王国の人間だってやる時はやるんだよ?」
上空でキリエが、エレナに自分の事のように自慢していた。
戦いが落ち着き、キリエはエレナをアルから下ろした。
「お前、何であんなことを?助けてやったんだ、聞かせてもらうぜ」
ミラノがエレナに問うものの、彼女は俯いたまま話さない。
「・・・助けてもらったことは感謝しています、でも・・・でも、私は急がなければ・・・」
ごめんなさい・・・そう一言謝って、エレナは何処かへ去ってしまった。
その行動を見て、王国軍の意見は二つに別れた。
デュランのように彼女も帝国兵なんだ、こちらの動向を探る作戦だったのかもと言う者。
ミラノのように、あの様子だとそれは無いと言う者。
エレナが去ってしまった今、それに対する答えを出す事は出来ないのだが。
キリエの協力もあり、王国軍は無事に嘆きの谷を抜ける事が出来た。
だが、その大地はどこまでもどこまでも荒れ果てていた。
「これが死の大地・・・本当に荒れ果てているんだな・・・」
そうこぼしたラッセルに、キリエはそれでも人は住んでると言う。
「ロスト・アリエスはウチの故郷なんだ・・・連中の好きになんかさせるもんか・・・!」
キリエが突然、王国軍に手を貸した理由が何となく、
チェレスタは解った気がした。