それぞれの終止符
贖罪の門を守るのがレオンと聞いて、デュランには不安がもう1つだけあった。
チェレスタが、また暴走するのではないかという不安が。
現に、嘆きの谷での戦いの時も彼女は暴走ギリギリの所であった。
ユグドラが見込んだだけあって、指揮の執り方は上手い。
だが・・・彼女同様に、仇敵への執念や憎悪も人一倍強かった。
彼はせめて、忠告だけでもしておこうかとチェレスタに声をかける。
しかし、途中まで言いかけて、彼女はそれを遮った。
「僕よりもずっと辛い思いをしてる人がいた・・・それに、きっと皆復讐は望んでない・・・ですよね?」
その無念を感じてやるべき事は、きっと別のもっと大切な事・・・だと、思いたい。
少し、自信が無さそうにチェレスタはデュランを見上げた。
隠れた右眼が何を映しているかはわからない。
けれども、銀の左眼からはもう、自責と憎悪の念は感じられなかった。
再出撃の準備が整い、彼らは贖罪の門突破を目指し進撃する。
今度はシーフ隊と騎馬隊を軸に、機動力と突撃力を重視した、中央突破型の陣を布く。
辺りは既に暗く、妙に月が紅い夜だった。
中央先頭のデュランが、遂にレオンへと到達する。
「貴殿のこれまで蛮行・・・許される物と思うな!!」
互いに急所を狙い、槍と槍が一合、二合とぶつかり合う。
その中の一撃が、レオンの仮面とも言える兜を弾き飛ばした。
エレナと同じ髪と瞳の色、どこか似た雰囲気の顔立ち。
性格はまるで違っても、兄妹なんだと思わざるを得なかった。
見なければよかったと思った者は、一体どれ程いたのだろうか?
袂を別ったが故、血の繋がった肉親ですら敵となるのが戦というものか。
チェレスタとフォルテもそうだ・・・ましてや2人は半身とも言える関係。
戦いの何と酷で虚しいものか。
「止まったな・・・?何考えたかは予想はつくさ・・・だからテメェは偽善者なんだよ!」
隙を突いたレオンの槍がデュランを狙う。
しかし、その槍はエレナの爪が完全に防いだ。
「エレナ・・・生き恥をさらすどころか王国の手先に成り下がったか!」
「兄さん、もう・・・終わりにしましょう!」
彼女は右手の大爪で、果敢に立ち向かう。
例え返り討ちにされようと・・・追い詰められた決意が彼女を駆り立てた。
王国軍と帝国軍の戦いは互角。
若干王国軍が有利ではあるが、長期化するかに思われた。
しかし、王国軍に立ち止まっている暇も余裕も無い。
一気に贖罪の門を突破すべく、ロザリィが叫んだ。
「チェレスタ、ロズウェル、『燃やす』わ・・・詠唱頼んだわよ!」
ただ敵を燃やすだけならば彼女だけでも充分、それでもロザリィは2人を呼んだ。
それが合図となる。
ロズウェルが先に詠唱を始め、チェレスタがそれに続いた。
「・・・地獄の業火を纏った紅の魔導師」
各系統最上級攻撃を発動する為に使われる詠唱法。
「その炎を以って、全てを焼き尽くせ・・・」
数人で詠唱を分担し、基本文に関わらない者が鍵文(キーフレーム)を詠唱する。
2人の声の後に、ロザリィの鍵文が響いた。
複数の権威級の者が放つ、最上級術の為の詠唱法・・・
『大地の深淵より目醒める魔竜、紅蓮の狂炎は全てを喰らう』
複合詠唱(グランディオーソ・キャスト)
「抗え、狂気に呑まれる覚悟があるのなら!」
周囲の熱は炎と化し、敵とみなすもの総てを焼き尽くしていく。
帝国兵は混乱に呑まれて、何も出来ず混乱のまま討ち取られる。
正気に返るも逃げ惑い、ただ炎に焼かれていく。
レオンと言えど例外ではなく、一瞬何が起きたか分からず戸惑ってしまう。
月が炎の赤で、さらに紅く染められていた・・・不気味なまでに美しく。
炎が鎮火する頃・・・終止符が打たれた。
「爪が・・・血を、魂を望んでいる!!」
爪は目標を違える事無く、血を、魂を奪った。
ちょっとだけ笑ってた気がした・・・私は、強くなれたのかな?
貴方に護られてばっかりだった、泣いてばかりだったあの頃の私から・・・。
兵士達から、黒騎士団殲滅の報告が入った。
その報告を聞いてようやく、チェレスタが我に返る。
彼女にとって複合詠唱のジェノサイドは苦手分野のひとつ。
得意なダイヤモンドダストと違い、炎と魔力の制御に全神経を集中させねば暴走してしまう。
指揮をほったらかしていた事に気が付いた。
そして、決着が着いたということは。
「これから僕らはガレオン監獄へ進みます、けど貴女には僕らに付き合う理由はもう無い」
その上でどうするのか、チェレスタはエレナへ問いかけた。
「少しだけ・・・時間をください、兄の亡骸を弔う時間を・・・それが済んだら、必ず追いつきます」
顔も上げず、俯いたまま・・・彼女はそれだけを言った。
チェレスタも、それを了承すると、皆へ先へ進むと告げる。
だが、ここにきてキリエが、これ以上は一緒には行かないと言い始めたのだ。
自分が来たのはユグドラを助けるためじゃない、ミラノがあまりにドジだから来てやったんだ・・・と。
「そんなにあの王女様がよけりゃ好きにしなよ!行こ、アル!」
そう言って、結局彼女は飛び去ってしまった。
ミラノは舌打ちし、勝手にしろと悪態をついていた。
「な〜んか、台風みたいな人だったわね〜?」
「・・・果たしてそれはお前が言えた台詞なのか?」
さらに、パメラの感想にイシーヌがツっこみを入れる。
ここまで来たら、残すはガレオン監獄のみ。
贖罪の門を開け、王国軍は先へと向かう。
私は、貴方を止められたのかしら・・・?
これでよかったの・・・兄さん・・・
ご免なさい・・・結局、皆の無念は晴らせませんでした。
今はそれ以上にやるべき事があるし、復讐なんて・・・あの人の決意に比べたら・・・さ。
ユグドラ様は絶対助けるから、それで・・・良いよね、皆?