昔、僕は君に助けられた・・・その事に対しての恩は感じている。
けれども君はそれを裏切った、ファンタジニアの国ごと。
だから、僕が仕えるのは君じゃなかった・・・姫と、姫が仲間と認めた人達全て。
そう、結局君は敵だったんだ・・・それが例え命の恩人だろうと。
元々見捨てられたコだったけど、君は僕に魔力の制御を教えてくれた。
魔力の系統とか、魔術の種類とか・・・使っちゃダメなヤツとか。
さようなら、師匠。
度重なる増援に戦闘が長引き、遠征を強行した所為もあってか、王国軍は疲弊していた。
それでも、帝国軍の増援は容赦なく襲来する。
「次はグリフライダーの群に魔導師1人付きか・・・厄介だな!」
人一倍視力の良いクルスが敵の姿を確認し、上空へと狙い矢を放つ。
だが、その矢はグリフォンに共に騎乗している魔導師に、次々に落とされてしまった。
誰かのサンダーボルトをまともに受け、動きの鈍いチェレスタへ魔導師が襲い掛かる。
その姿は、どことなくアサシンにも見える。
「チェレスタ!生きて王女の元には帰すものか!!」
義理の、とは言え兄を殺された恨みからか、彼はかつて無いほどにチェレスタへ猛攻をかける。
「フォルテ!?・・・このっ!」
彼女も負けじと反撃をするも、麻痺した身体はうまく動かない。
右目を覆った包帯が徐々にほどけてくる。
そしてフォルテは見てしまった、その下に何があるのかを。
チェレスタがレシュテに助けられた当時、彼は残党に気付かずにいた。
いつの間にか背後に回られ、余裕を残しながらもやっぱり驚く。
ダメ・・・助けてくれたのに・・・死んじゃヤダよ・・・。
誰か、誰かあの人助けてよ・・・助けてもらったのに・・・。
助けたいよ・・・!
―ならば私を喚べば良い!
・・・この世界には、全ての魔導師達に『禁術』とされた魔術がある。
過去に禁忌を犯した者は皆、破壊と欲望の狂気に染められた為だ。
もし、それを使う者が出てしまったら・・・使った者は抹消しなければならない。
それが、この世界に住まう者達の暗黙の了解。
レシュテは魔導師、当然その事を知っている。
だが、不思議な事に彼はそのことを黙っていた・・・何も知らない彼女にただ、隠すようにとだけ指示を出したのだ。
暗黙の了解を知ってしまった今になっては、チェレスタに取って隠し切らなければならない物だが。
これもまた・・・彼の計算の内だったのだろうか?
死した今、それを問う術は失われてしまったが。
だからこそ、恍惚に顔を歪めて・・・チェレスタの包帯を奪い取った。
王国軍の、デュランやユグドラですら見た事の無い彼女の素顔。
完全なる守護者の証である、銀月の左瞳と金陽の右瞳。
そして、この戦場にいる魔導師・・・いや、誰もが驚愕した。
右目を覆うように彩られた、黒の紋章。
禁忌を犯した者の証。
過去にチェレスタは1度使ってしまっていたのだ、『禁術・キスオブデス』を。
誰かを護る為とは言え、禁忌を犯していた・・・そしてただひたすらに隠していた。
『禁術・キスオブデス』、それは堕天使や高位の魔族と契約する魔術。
契約に成功すると、視力、聴力など身体能力の増強や恐怖、不安、痛覚など戦闘に不利な物の除去を恩恵として受けられるという。
彼女が受けた恩恵は『回復力の増加』、完全段階まで契約が進めば、即死で無い限り何度でも蘇る。
初期段階とはいえ、だから彼女はあの様な戦い方をしていたのだろうか?
己の身を犠牲にしてまでも、護るべき者を護り抜く・・・。
フォルテが左手に、ボウガンの代わりに掴んでいるものを見る。
無意識の内に、右手は顔へと伸びていた。
「え・・・ぁ・・・う、嘘・・・!や、やだ・・・嫌・・・」
今まで涙を見せる事の無かったチェレスタが、初めて恐怖に折れて涙を流す。
その場に力なく座り込む、涙が止まらない・・・今は戦闘中だと言い聞かせても止まらない。
「ハハ、ハハハハ!これが『紫月の狂魔』の正体か!!裏切られる為だけに禁忌を犯した、ただの馬鹿だったとはな!!」
フォルテが勝利を確信したかのように笑う、その笑いも止まらない。
戦場だというのに剣戟の音一つせず、彼の高笑いのみが、マキナ・ブリッジに響く。
その笑いを聞いてか、隠してきたことをばらされた所為かは分からない。
だが、絶望が激情に、憤怒に変わるのにそう時間はかからなかった。
「・・・もう初期なんだ、今更昇華させても、もう・・・どうでもいいや・・・」
チェレスタはボソリと呟くと、力なく立ち上がる。
と、同時に、有り得ない魔力の量を・・・強風が起こるほどの魔力を集めだす。
「・・・の言の葉・・・・・・我の名をしかと刻め・・・血と魂の契約に従い、さらなる力を・・・」
小声の詠唱は、完全には聴き取ることが出来なかった。
だが、詠唱の終了は何となくわかった、風が急に止んだのだ。
そしてチェレスタに刻まれた紋章は一回り大きく、初期段階の物から中途段階の物へと、複雑に大きくなる。
「生きて帰れないのは、どっちだろうね?」
レイピアを構える事無く、彼女はフォルテへ突っ込んで行く。
そして防御を考えていないのだろうか、ただ執拗に攻め立てる。
「君だけじゃないかも知れないね、生きて帰れないの」
いくらか打ち合っていく内に、彼の憎悪はいつしか恐怖へと変わり始めた。
今まで感じたことの無いような殺意、気を抜けばその剣は・・・。
先の言葉の後、チェレスタは何か一言呟いた。
よくは聞き取れなかったが・・・確かに神聖語であった。
途端、先ほどとは比べ物にならないほどの風、暴風が吹き荒れる。
発動されたのは・・・直接詠唱によるライオットウィンド。
風は彼女の虚しく響く、乾いた笑いに呼応するよう踊り狂う。
術が治まった頃にはもう、帝国軍には追撃する意思も、戦力も残されていなかった。
同時に王国軍もまた、完全に戦意を喪失していた。
王城から帰還する者達も、例外ではない。
・・・彼女の素顔を見てしまったから。
ひとまず帝国の脅威は消え去った。
だが、それ以上の大きな問題が生まれてしまった。
ここに居る全員はそれが一体何なのか、どう対処せねばならぬか・・・把握していた、動き出せずとも。
彼らを縛るのは情か?はたまた今まで築き上げてきた信頼か?
それでも暗黒の光は、容赦なくチェレスタへ向かう。
光に気付いた彼女はとっさに回避し、心臓を狙った光は右肩を貫いた。
さらに着地地点を紅蓮が襲い、避けた先では矢が降り注ぐ。
その次に迫り来る圏を両腕で防いだ時、彼女はマキナ・ブリッジの橋へと追い詰められていた。
仲間と信じていた者達の視線が突き刺さる。
裏切りへの憎悪、掟に乗っ取った殺意、真実を否定したい驚愕・・・。
耐えられなかった。
耐え切れずチェレスタは後へと下がる。
まだほんの少しだけ・・・余裕はあった、が。
先の激戦で流された鮮血は黒くなりつつも・・・未だ乾かず。
それに足を取られた彼女は、マキナ・ブリッジの下を流れる激流へと消えていった。
誰かが、それでも彼女の名を叫んだ・・・気がした。