失くしたモノは?


・・・夢を見た。
ほの暗い地下牢、腹が立っているのだろうか。
チェレスタは、目の前の少女を殴っている。
少女は両手でその身を庇うも、片足を鎖に繋がれ逃げられない。
遂に、チェレスタはナイフで少女へ斬りかかる。

やめて、やめて、いやだ、やめて、やめて、やめて、やめて・・・。
いやだ、おねがい、やめて・・・!

斬られたくない!!


・・・あれ?


 マキナ・ブリッジから落下したチェレスタは、運良く生きていた。
だが、全てが無意識の内の出来事であったのだろう。
どうやって、激流から生還したかまでは覚えていなかった。
さらに、仲間達の反応が相当ショックだったのだろうか。
その衝撃は彼女の両目から、光を奪った。

 治りきらぬ体の傷と、癒えぬ心の傷を負い、チェレスタはただ歩いていた。
どこか当てがある訳でもない。
パルティナに戻れば、極刑は免れない。
ブロンキアへ行こうと、御尋ね者として殺されるだけ。
ただ、歩き、逃げるだけ。
 そんなチェレスタは、とある場所に辿り着く。
今まで歩いてきた場所とは違う妙な雰囲気に、立ち尽くした。
光を失くした彼女には見えていないが、足元には一面の鈴蘭が咲き乱れている。
月夜に照らされ純白の花が揺れる、その光景は正に幻想的。
危険な鈴蘭の群生地である、この場は『幻想墓標』と呼ばれる場所。
巨大な十字架を中央に、幾つもの墓標が立ち並ぶ墓地。
今はもう、誰も寄り付かない草原だった。
 立ち尽くすチェレスタの背後から、3つ、近付く影があった。
真実を問いに来た騎士、法の下に殺意を抱いた屍術師、意思を確かめに来た盗賊。
それは彼女を思うからの行動か?
それとも、法と秩序の下の判断か?
・・・結局、彼らの意思が問いになることは無かったのだが。

「やっと、見つけた・・・!」

 一本の矢が、チェレスタの胸を貫いた。
抵抗も出来ずに、満身創痍の彼女は倒れるのみ。
誰かに、よく知ってる声に名前を叫ばれた気がした。


 チェレスタを撃ち堕としたフォルテは、ただ狂ったように笑っていた。
「やれやれ・・・『紫月の狂魔』と言えどもあっけないものですね・・・!!」
予想外の敵襲に、デュラン、ロズウェル、ミラノの3人は驚くだけだった。
そんな彼らを見て、フォルテはあっさりと言い放つ。
どうせアンタ達も目的は同じだったのでしょう・・・?と。
そして彼は、待機させていた伏兵たちを呼び出す、ヴァルキリーやアサシン、バンディット・・・多数を。
「王国の、相当厄介なのを一度に潰せる好機・・・私が見逃すとでも?」
フォルテの指示で、帝国兵は一斉に彼らへ襲い掛かった。



誰かが帝国に襲われてるよ、助けないと・・・でも、見えない・・・動けない・・・。

―お前は正当な審判の為に自ら光を失くした、なのにまた光を欲すると言うのか?

・・・君は?

―ましてや、奴等はお前を殺めようとした者・・・救えばお前が死ぬ。

あの人達には大切な人がいるから・・・あの人達を真剣に思う人がいるから・・・。

―自らを捨てでも助けると?・・・かくも人とは不思議だ、だからこそ面白い。

・・・?

―光が欲しいか、力が欲しいか?

ただ、人を倒すだけの光なら、力ならいらない・・・自分じゃない、他人を助けられる力が欲しい。

―これもまた傲慢か、驕りか・・・それとも人在るが故か。契約者よ、我が名は・・・!



 かすかに、倒れた彼女の唇が動く、その名を呼ぶ。
契約者、その名は『闇の女帝ヴァネッサ』。
右目の紋章が、さらに複雑に昇華・・・完全段階を示す物となる。
同時に、あることを・・・思い出した。


どうして忘れていたんだろう・・・。
どうして彼女の名を騙ったのだろう・・・。

僕は・・・!!



BF27 幻想墓標




 例え何が起ころうとも、彼女の想いは揺るがない。
直接詠唱にてバニッシュを発動させ、フォルテと3人の間へと立つ。
その凛とした姿は、数国前まで絶望の狂気を纏った者とは思えない程。
「完全段階の紋章・・・!遂に人である事を止めたか、チェレスタ!!」
フォルテは絶望を煽るかのよう、彼女を嘲笑う。
「・・・違う」
ゆっくりと、チェレスタと呼ばれた彼女は答える。
月光に、短い浅葱色の髪が揺れる。
金陽の瞳も銀月の瞳も、自分を取り戻したかの様に真っ直ぐだ。


「僕は守護者、リコリス・・・両親に忌み嫌われ、音ではなく毒花の名を貰った者さ」