ヒトであることを止めたとしても
風に鈴蘭が揺れる、静寂が続く。
「お前は・・・お前は、誰なんだ・・・」
半ば放心しかけのフォルテが呟く、誰かに聞いたわけでもなく。
「聞いての通り、さ・・・」
彼女はそう返して、また静寂が戻る。
最後の契約で、確かに人であることを止めたかも知れない・・・それでも。
静寂にイラついたかのよう、帝国兵が一斉に動き出した。
チェレスタと呼ばれ、リコリスと名乗った少女へ向かって。
だが、彼らにとって目の前が何者であろうと関係無い、ただ殺すのみ。
ヤツは多くの同胞を殺した、王国軍の将。
その後ろに立つのは、敵国の姫に近しい者ばかり。
フォルテの命令より前に動き出す。
「感情に流されたままじゃ・・・僕は討てないよ」
少女は帝国兵の攻撃を受け流す。
さらにヴァルキリーからレイピアを奪い、帝国兵を次々に返り討ちにしていく。
防御をすることもなく、己が身体よりも敵の討伐を優先した戦い方。
生命とは失われるものと言うかのように。
恩恵と呼ばれた呪いで、自分が自然の摂理に逆らっても。
手にしたレイピアが折れれば、次はバンディットの斧を奪いまた戦う。
自分を待つ人はもう、誰も居ないだろう。
けれど・・・僕の後ろに立つ人達を、彼らを待っている人がいる。
だから、絶対に・・・絶対に抜かせるものか!!
多勢に無勢にも関わらず、少女は落ちない。
今死なずとも、処刑と言う名の断罪が待っているかも知れないのに・・・。
その姿に帝国兵は、徐々に士気を失っていく。
逆転できるかもしれない・・・!
そう思って、それが油断として態度に出てしまった。
「ッ!?ミラノ殿!!」
気付いたデュランが叫ぶも、既に彼の前にはフォルテの鉄爪が迫っていた。
フォルテのバトルスタイルはアサシン達と、非常によく似ている。
速度で彼に勝る者は殆どいないだろう。
間に合わない、誰もが最期を覚悟した・・・だろうか?
「諦めるのはまだ、早いはずですよ」
フォルテの爪はミラノよりも、前で止まる。
貫いたのは少女の腕と肩。
彼女は引く事無く、空いた手で鉄爪を掴んだ。
「氷葬のエンリュケの言の葉・・・哀しみを閉じ込める蒼氷の柩・・・青の息吹に抱かれ、永遠に眠れ!」
発動する魔術、フォルテは逃げられずに直撃を受ける。
「何故だ・・・何故!何故そこまでして助けようとする!生きても、助けても!!見知った奴らに殺されるだけだろう!!」
彼はその言葉で敗北を認め、幻想墓標から撤退していった。
彼女の返答も聞かずに。
例え、本当にそうだったとしても・・・。
3人に背を向けたまま、彼女はゆっくりと謳い出す。
ゆっくりとした美しい旋律と、全てに謝罪し、光を想うかのような詩・・・蒼系統の謳。
同時に、小さなころのことをほんの少し思い出す。
何処かの泉、水面に映る月。
制止も聞かずに、それを取れるものだと思い込んで取ろうとしてたっけ・・・。
あの頃は、何も知らなかったから・・・。
謳い終わると同時に、彼女はそのまま倒れてしまった。
もし許されるのであれば。
この力は護るべき者の為に使いたい。
例えこの身体が軋み、朽ちる事になろうとも。
目が覚めたとき、周囲は暗く、僕はまだ生きていた。
『あの術』を使ったのがいくら偶然だとしても、禁忌を犯した事に変わりは無い。
生きていられるはずなんてないのに・・・。
何故か僕は自宅ではなく、王城にいた。
部屋を抜け出し中庭へ出る・・・城下が月に照らされて綺麗だった。
城下をぼーっと眺めていると、時背後から声がした。
誰のだったかまでは覚えていない。
けど、たったひとつだけ・・・聞かれたのだけははっきりと覚えている。
「強すぎる力を手に入れて、その上で何を望む?」
僕は・・・・・・!