聖地での激戦
ロンバルディアを包囲するは大司教マルディム、そして配下の軍勢達。
メリアータへ向かうには、包囲を解くしかない。
「神をも恐れぬ愚かな者達よ・・・早く教皇猊下を渡すのです」
さもなくば神罰が下る、王国軍を確認したマルディムが高らかに告げる。
だが、どうでもいいとミラノ・キリエの2人が先陣を切った。
神を恐れぬのかと驚くマルディムを、どうせ自分も信じていないのだろうとイシーヌが笑う。
「メリアントのほとんどはアサシンやネクロマンサーで構成されています!ヴァルキリー、ウィッチ達・・・頼みます!」
そしてマルディムよりも高らかに、ユグドラが指揮を執る。
アサシン達は近接戦闘を得意とする者が、ネクロマンサーはハンター、アサシン達遠距離で戦う者が。
ウィッチは神聖系、ネクロマンサーは冷気系を。
ウォーロックやエレメンタラー達は低下系を中心に魔術を展開させる。
部下に遅れを取っていられない、リコリスが駆け出そうとした時。
「ダメだよリコ!無理したらまた騎士のお兄ちゃんとか黒いお兄ちゃんが怒っちゃうよ?」
その腕を、ニーチェが止めていた。
彼女は朽ちた教会の戦いにはいなかった、一体誰から聞いたのだろうか・・・。
「さっき黒いお兄ちゃんの機嫌悪そうだったし、騎士のお兄ちゃん溜息ついてたし・・・」
いい加減に名前を覚えようと言うよりも先に、リコリスは彼女の観察力に驚いた。
いや、気付いていないだけだったのかも知れない。
「それにニーチェ、火山で歌って歌ってって言ったコト謝ろうと思ってたんだけど・・・中々謝れなくて・・・」
腕を掴んだまま、涙目のニーチェは必死にリコリスを引き止めようとする。
体質なのだろうか、昔からリコリスは体の状態異常に弱い。
魔術を使って癒してもも、禁術を犯そうとも、昔から痺れや毒に侵されると中々治らないのだ。
「・・・知ってたの?」
ニーチェは首を振る、どうやら彼女自身は知らなかったらしい。
「あの後こっそり黒いお兄ちゃんが教えてくれたの・・・だから今もそうじゃないかなって・・・」
次無茶すれば・・・上からスケルトンの大群でも降らされかねないな・・・。
なんて冗談めいたことを想像しながら、リコリスはニーチェの頭を撫でる。
「わかったから、泣かないで?」
そしてそっと、彼女に耳(ヒレ?)打ちをする。
ニーチェがユグドラの元へ向かったのを見ると、リコリスは魔術の詠唱に入った。
足元に現れた魔導陣は、彼女が普段発動させる紫ではなく・・・白。
本来ならば絶対に現れることの無い色の陣。
「思いついただけだから上手く行くかな・・・いったら・・・ナイト達に申し訳ない、かな?」
詠唱は佳境、魔力のコントロールによる詠唱から声を伴う詠唱へと移行する。
「お姫様!イシーヌ様!」
前線へ辿り着いたニーチェは、リコリスからの指示を伝える。
―戦いを一気に終わらせますので、僕の正面を開けてください。
いまいちピンと来ないユグドラだったが、きっと考えがあるのだろう。
そう思い、彼女は前線の部隊を左右に別れさせる・・・リコリスの姿が敵の目に映った。
そんな彼女を見たイシーヌは、何か嫌な予感はしたんだと後に言った。
「ありがとうございます・・・それじゃあ派手に行きましょうか、これぞ魔術の真髄・・・なーんて」
リコリスは突き出した右手を上へ、左手を広げる。
「重騎戦衝となりて蹂躙するは、戦場を駆け巡る鋼鉄の人馬・・・想いを奏でよう」
再び正面へ突き出された両手から、膨大な量の魔力の塊が放出される。
それは色を持たず、真っ直ぐに、戦場を駆ける騎士の如く走る。
あまりの驚異的な速度に、メリアント達は次々に轢かれていった。
敵味方、何が起きたかわからずにただ立ち尽くした・・・とある部隊を除いては。
「リコ、我々の立場も考えて欲しいが・・・行くぞ!遅れを取るな!!」
あのとんでもない魔術を撃ったのが誰か、彼には何となく予想はついた。
その部下達も、彼女のことくらいよく知っている。
王国第三騎士団は、混乱する事無くメリアントを駆逐していった。
「相変わらず・・・やる事為す事意表をついた物ばかり、と言った所か」
彼らの高い士気が、混乱した味方を引き戻す。
術一発で本当に形勢は王国側へ傾き、メリアント達を押し返した。
リコリスの魔術に恐れを成してか、ユベロン派はあっさりと撤退した。
ゴードンが戻ってきて、マルディムも退いた事を告げる。
「見事だ、ファンタジニアの新しい時代を担うに相応しい軍勢だ」
ヨハイムは微笑んだまま、ユグドラ達を激励する。
メリアータ教会領へ着いてまず、何も変わらないとミラノが言った。
本来ならば此処はメリア教の総本山、神聖な土地なのだ。
けれど、宗教に縁の無い彼には馬鹿らしく見えたのだろう。
神の名を盾に、裏で自らの利益の為に戦う彼らが・・・。
「純粋に私利私欲で争う盗賊の方がまだマシな気がしてくるぜ」
誰も、その言葉に反論は出来なかった。
その現実を憂いてか、父の治世が続けば・・・とユグドラが呟いた。
だが、それを聞いたミラノは本当にそう思うのかと彼女に聞き返す。
「だから帝国に付け入られる隙を与えちまったんじゃねーのか?」
一瞬、ざわめきが止まる。
「ミラノ殿、流石にそれは口が過ぎるんじゃないか?」
彼を咎めようとしたラッセルを、ユグドラは止めた・・・いいんだ、と。
理想だけでは国は動かせない、国が滅ぶのは敵の所為だけじゃない。
それでもきっとなんとかしてみせる、その為に私は聖地へ向かうんだ・・・と。
「今はダメでも・・・少しずつ努力すれば、きっといつかは・・・」
それっきり、ミラノは何も聞かなかった。
リコリスも、ミラノの言葉に何も言えなかった。
それどころか・・・彼を咎める事すら出来ない自分が悔しかった。
そんな彼女を、後ろから誰かが呼んでいた。
振り返った、その瞬間。
「・・・ぁだっ!?」
鈍い音がして、頭に衝撃が走る。
軽く叩いてるつもりでも、ガントレットの所為で一撃が痛い。
「デュラン様、また何するんですか!本当に痛いです!」
「・・・思いつきで実験も無しに発動したそうだな、『アレ』は」
きっとデュランは、さっきの魔術の事を言っているのだろう。
「新術は身体に相当の負担がかかると聞いた、それに属性も持たぬ魔術などと・・・」
始まった、こうなったら30分は覚悟しなければ。
心配されるのが嫌な訳ではない、けれども・・・この長い説教だけは・・・。
リコリスは、嬉しいようなそうでも無いような、複雑な気分でデュランの説教を喰らっていた。
「・・・いいのか、助けなくて」
それを少し離れたところから、じーっと眺めている人物がいた。
「そう思うなら〜、貴女が助けては如何でしょう?イシーヌさん♪」
ミステールの言葉は、心底楽しそうな色をしている。
この状況を本当に楽しんでいるかのように。
「無系統魔術『チャリオット』か・・・アレには私も驚かされたからな・・・まぁ、いいか」
イシーヌもまた、リコリスに言いたい事は沢山あった。
それでも、その分も全て含めてデュランが説教してくれるであろう。
そう考えると、まぁいいかという気分になる。
王国軍はこのまま、進撃を続けていく。
目指すメリアータ教会はもう、すぐそこに。